とある都と赤ネーム
2016/08/21
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もげ太一行――正確に言うならば、今はリリル一行だろうか。
彼女たちは、とある拠点を目指し、一路馬車で街道を進んでいた。
「馬車なんて久しぶりですねー」
「それは……毎度転移などしていればな」
車窓を流れる景色に目を細める少女(?)に、エルニドはぼそりと呟いた。
【転移石】と呼ばれるアイテムを使えば、訪れた町――セーブポイントを自由に行き来することができるのだが、消耗品かつそれなりに高価なアイテムだ。
要所要所で使う分には構わないが、毎日の往復運動に使うような代物ではない。
どうも彼女は日常的に使用している節があるが……。
「ねぇねぇ」
考えごとをしていると、肩をツンツンとつつかれたのでそちらを見やる。
この景色を喜んでるのは彼女だけではないようだ。
「見て見て、あっちに大きな山があるよ!」
「あれは……方角的にリスベラ霊峰か。レベルが上がれば行く機会もあるさ」
「本当!? よーし、頑張ろっと!」
「行く時は一緒に行こうな?」
「うん! もちろんだよ!」
――引率の教師ってのは、こういう気分なのだろうか。
などと、エルニドは感慨深く頷いていると。
「おぉ、すげぇ……何キロ出てんだ!」
「――って、お前まではしゃいでるんじゃない!」
「なぁ! テメーより速いんじゃね、これ!?」
「比較対象がおかしいだろう!? 馬と人を比べるのは!」
「あー。まぁ、でも自分で走った方が速ぇかなぁ……?」
「自慢か――!?」
「テメーも努力しろよ。乗り物さん?」
「誰がマウントか――!!」
問題児も同行していたのを失念していた。
あえて名前は出さないが、こんな具合だ。
面子が面子のため、貸し切りなのが救いだろう。
容姿だけなら最も幼い少女が呟いた。
「そんなに喜んで……影天さんもまだまだ子どもですねー?」
「うっせー、ロリババア」
「ばっ、ばっ……ばばあ――!?」
ネームレスの発言を聞き咎めたのか、リリルが勢い良く立ち上がろうとする。
しかし――
「………でもでも? ロリが付いてる評価に喜べばいいのかちょっと複雑かもですー」
「お前さんも中々に大概な輩だな……」
エルニドは軽く嘆息した。
「ななさんー……。女の人にそういう発言は、あんまり良くないと思うよ?」
「――うっ」
など、珍しい指摘がもげ太から入る。
隣の巨漢も大きく同意する。
さしもの影天も、相手がもげ太では反論ができないのか。
それきり黙りこんでしまった。
「見えてきましたよー」
リリルが差し示すのは馬車の進路の先。
目を向けると遠景に街のシルエットが浮かんできた。
ひと際目立つ白い大きな建物を最奥に黒い家屋が整然と建ち並び、外壁がそれら一帯を囲んでいる。
距離があるからこそ把握できる規模だ。
「オイ……ちょっと待て……聞いてねぇぞ……?」
御者の真後ろに取り付き、進行方向を見据えながら声を戦慄かせるのは影天だ。
「大丈夫ですよー? ふっふふ。さぁさぁ、レッツゴーですー」
「こっ、このクソおん――ながっ!?」
彼の心情など露知らず――或いは知っていてやっているのか。
光天は、御者を急がせた。
「な、何やってんだ、ネームレス……!」
「HA・NA・SE! 俺は・ここで・降りる――!!」
「ななさん、危ないよー!」
車窓から飛び出そうとするネームレスを抑えるエルニドともげ太。
そんなこんなで、やがて一行は目的地に到着し、短い馬車旅は終わりを告げた。
◇
御者――NPCに代金を支払い、順に馬車を降りる。
最後まで降りようとしないネームレスは、もげ太の説得によって渋々ながらも重い腰を浮かせることに成功した。
「うわぁ……凄い人だね。エルニド」
「そうだろう、そうだろう」
門を行き交う人の多さに、もげ太が感嘆の声を上げる。
格好は十人十色……と思いきや、意外にも統一性のある衣装を着ている人が多かった。
町並みと合い間って、何やら古い郷愁を漂わせる雰囲気をかもしだしている。
「ちっ……気楽なもんだぜ」
もげ太に名前を呼ばれなかったことが不満なのか――と思いきや、ネーレムレスは先からせわしなく周囲を状況を伺っている。
「……ななさん、どうしたの?」
もげ太さえも、そんな挙動不審な様子が気になった。
だが、ネームレスは黙秘権を行使している。
「……なんでもねぇ。もげっちが気にするようなことじゃねーよ」
そんな彼を見て、エルニドが何かを察したようだった。
小声でネームレスに耳打ちをする。
(確かに、ここじゃお前さんはちょいと悪目立ちするか……)
(バカ、そんなんじゃねーよ。俺がくだらねぇ雑魚を一々気にすっと思うか? この都にゃ、もっととんでもねーヤツがだな……)
(とんでもないもの……?)
エルニドの疑問を遮るように、慣れ親しんだ声が耳に届いた。
「あ! あそこに何か大きなのがぶら下がってるよ!」
もげ太だ。
その瞳は子どものように爛々と輝いている。
見ているのは……ゲート先にある『雪門』と書かれた提灯だ。
その名が現す通り、雪組が管轄している区画である。
「え――あ、おい!」
直感的に、「これはマズイ――!」とエルニドはすぐに手を伸ばすが、わずか間に合わない。
風の子は、気になるものへ一直線だ。
「……なぁ。このやり取り、ネネムでも見たような?」
「これぞ、もげ太さんですねー」
「二人とも、冷静に分析してる場合か!」
この町は、ネネムと違いもげ太の気を惹くものが多すぎる。
エルニドは慌ててもげ太の後を追った。
しかし、
「止まれ」
ゲートの見張りに足止めを受けてしまった。
「見るからに物騒な装備をしているな……。町中で騒ぎを起こされては困る。素性を確認させて貰うぞ」
「いや、そんな時間は――連れを見失ってしまう!」
言ってる側から、もげ太は次々と目新しいものを見つけては後ろ姿をどんどん小さくしていった。
若葉マークのもげ太は、ひと目で検問の対象外と判断されたのだろう。
「規則なんだ。悪いが、大人しく町に入りたいなら我慢してくれ」
「それは分かっている――が!」
小さい背中は人混みに紛れ、とうとう見失ってしまった。
とはいえ、まだ距離はそう離れているわけではない。
すぐに走れば追いつけるはずなのだが、
「む、エルニド……? はて。どこかで耳にしたような名だな……?」
こちらの頭上のネームを確認したのだろう、見張りの男が怪訝な顔色を浮かべる。
「よ……よくある名前だからな。誰か知り合いと勘違いをしているのではないか?」
「――いや? 知人の名ではないな。もし手配犯であれば事だ。取り調べできちんと裏が取れるまで同行を願おうか」
「ちょっと待った! 落ち着いて冷静に考えるんだ。……ここまで深い青ネームの手配犯がいるか? いないだろう?」
「それだけ狡猾な可能性もある。MPKや詐欺の手合いはネームカラーには影響しないからな」
どうにも、言い合いではエルニドの方が分が悪そうだ。
このまま続けていても埒が明かないだろう。
舌打ちをしながら、双剣使いは助け船を出すことにした。
「おい、ハゲ――じゃなかったそこの焔天」
見張りの男にも聞こえるように、連れの名を呼んだ。
すると、見張りも思い至ったのか、見る見る間に顔色が変わっていく。
「え……焔天のエルニドか――!?」
そう大きな声を上げると、周囲にも聞こえたのか――通りを行くプレイヤーが、ざわっと騒ぎ出した。
「お、おい! 今、焔天って聞こえたぞ!!」
「まさか、焔天が【キヨウ】に来てるのか!?」
「焔天て……エルニドだっけか? 超が付くビッグネームじゃないか!」
「マジか! どこ、どこだっ――!?」
「探せ探せ!」
話題は次第に伝播し、どんどん波紋を広げていく。
さらには騒ぎを聞きつけて駆けつけた野次馬によって人垣が広げられ、こうなってはもはやもげ太を探すどころではない。
「ありゃー。これは困りましたねー?」
大して困ってなさそうなリリル。
顔を隠すためか眼鏡を掛けているが、その行為に何か意味があるのだろうか。
そんな彼女に対し、ネームレスは想定以上の騒ぎが起こったことにより、内心は穏やかには済まなかった。
「オイ、さすがに影天まで気付かれるとヤバいぞ……?」
「や。もう手遅れみたいですよ?」
「は?」
尋ねるまでもなく、既に好奇の目はこちらにも向いていた。
それは影天よりも、むしろ、
「なぁ……あそこに居るの、ひょっとして……」
リリルを指差していた。
「光天……にそっくりだな。眼鏡掛けてるけど」
「奇遇だな、俺にもそう見える。眼鏡掛けてるけど」
「あぁ、俺にもリリル様にしか見えなくなってきた。眼鏡掛けてるけど」
「ていうか本人じゃね? 眼鏡掛けてるけど」
顔を見合わせたプレイヤーが一同に頷く。
「…………り、りりり、リリル様だって?」
「リリル様ぁ!?」
「リリル様、嗚呼リリル様、リリル様あぁぁぁ!!」
怒号のように響く連呼。
やや特殊なプレイヤーたちが、新たな人垣を生み出そうとしていた。
しかし、そんな目論見を外す役を負ったのは、
「ちっ」
光天の隣に立つ人物の“ネームカラー”だ。
「…………なぁ、あれ赤ネだぞ?」
「…………おかしいな。気のせいか、ネームレスって書いてないか?」
「…………それはおかしい。ネームレスと言えば、俺は影天しか知らないが?」
「…………これも全くの奇遇だが、俺も同意見だ」
硬直する空気に、影天がイラ立ちが加速した。
「俺が影天のネームレスだよ。初めまして、クソども」
先ほどの挙動不審はどうしたのか、双剣使いが仁王立ちすると集まっていたプレイヤーは即座に状況を理解し――
「てっ…………」
「撤退だぁーーーーーっ!!!!」
「逃げろ!! 殺されるぞ!!」
「ひゃああぁぁぁぁぁっ!!」
「ど、どうかお目零しをぉぉぉぉぉぉ!!」
蜘蛛の子もあわや――という勢いで、全ての人垣が一瞬で霧散した。
「……凄い人気ですね?」
「皮肉ならもっとらしく言え」
「はい。感謝、感謝ですー」
「……よーし。よく分かった」
兎にも角にも、見通しのよくなった町の入り口前。
このまま全員居なくなってくれるのが理想だったが、さすがに問屋もそこまでは気を利かせてはくれなかった。
「………………」
唯一、見張りの男だけが言葉を失いながら、呆然とその場に立ち尽くしている。
「…………オイ、ここに連れてきたのはテメーだぞ?」
影天は頬を引きつらせながら隣人にそう尋ねた。
この見張りが奥から応援を呼べば大騒動を引き起こすし、ここで斬り伏せても大騒動になる。
何せ、ここは天下のギルド――《楓柳》のお膝元だ。
奥に見える和風の居城――まさに風雲のひと言に尽きるその大きな建物は、楓柳の本部。
それを取り囲む町は、全てが楓柳メンバーの、或いは傘下のギルドメンバーの個人ハウス。
一行が訪れた――もとい、リリルに連れて来られた町の名前は【キヨウ】という。
楓柳によって何もなかったフィールドに作られた自治区――ハウジングエリアなのだ。
「今からでも遅くはねぇ。俺が消えれば丸く収まるぜ?」
「それはできないですねー」
「なんでだ?」
「簡単に収まったらつまらないじゃないですか」
「終いにゃ三枚にオロスぞ――!?」
というネームレスの脅迫じみた台詞が引鉄になったのか、見張りが正気を取り戻した。
すぐに態勢を整え、
「あ……あ、赤ネームの影天だぁぁぁぁぁ!!!!」
叫びながら、鐘を叩き始めた。
カンカンカンカンと警報のようにけたたましく打ち鳴らし続けている。
「うぉおおーーい!?」
少し離れた位置に居るエルニドが、二人に向かって身振りでツッコミを入れる。
一応、両手を合わせて「ごめんなさい」のジェスチャーを行うリリルだが、その顔はどう見ても「てへぺろ」だ。
反省の色を問えば、白と答えるだろう。
やがて、詰め所から大勢のプレイヤーが駆けつけて、三人をぐるっと包囲した。
全員が刀や槍――中には十手もいるが――統一された和の衣装を着こなしている。
「御用だ!」
「御用だ、御用だ!」
まるで岡っ引き――時代劇で見る同心か。
よくよく見ると、背中に『楓柳』と書かれている。
おそらくは末端だろうが……それでも四大ギルドのメンバーだ。
騒ぎを大きくすれば、重役も出てくるに違いない。
そんな切迫した状況に開き直ったのか、ほくそ笑む男。
「……へっ、まさかこんな状況で俺の“万人斬り”が達成されようとはなぁ」
男は、ゆっくりと前傾姿勢に構えながら双剣の唾に指を滑らせた。
彼の装備しているAランクアクセサリー【千人斬りの証】が、歪なオーラを放っているように見える。
「ややっ。そんなことはさせないですよー?」
身構えることなく、影天の前に立つ。
リリルは、天下のPKerにそんなことをサラりと言ってのけた。
「へぇ?」
舌なめずりをしながら、双剣使いは立ちはだかった少女型アバターに告げた。
「……面白ぇ。UWOに三人しかいねぇレベル300越えの首をご丁寧に差し出してくれんのか?」
――こ、この場で十二天同士が斬り合うのか――!?
対峙する二人が放つ異様な空気に、駆けつけた同心の面々も固唾を飲んだ。
「そんなまさかーです」
「じゃあ、どうやって俺を止めるつもりだ?」
「えへっ。ここで、もげ太さんに連絡しちゃいます♪ ぴっぴっ、と」
「俺が悪かった! どうか勘弁しやがってください!!」
「そこであっさり折れるのか――!? 適当にやり合って隙見て逃げるのかと思ったぞ――!?」
エルニドの裏ビンタが低い位置に差し出されたネームレスの黒髪にヒットした。
すぐにいつもの二人に戻りそうな場面をリリルが仲裁する。
「まぁまぁ、お二人とも。ここはわたしに任せてくださいな♪」
言って、最初に居た見張りの方へと歩いていくリリル。
連れてきた張本人に何の当てがないほうがおかしい。
――初めからそうしろよ!
そんなことを思いつつも言わなかっただけ、二人は互いに見合わせ、わずかに評価する。
「じゃあ、お手並み拝見といくか……」
「だな」
言って、エルニドとネームレスはしばらくの間彼女の交渉術を静観することにした。
そうこうしている間にも、少年の冒険は進んでいく。