迷子のもげ太、三天とボロ天
2016/08/21
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少年がひとり、キヨウの都を歩いている。
歩く――と言うとやや語弊があるかもしれない。
子どものようにキョロキョロとせわしなく落ち着きのなく、観光をしているのかはたまた迷っているのか。
周りの人が見ても微笑ましくもあり危なっかしくもあった。
「うわぁ……綺麗な町だなぁ」
左右に並ぶ平屋の木造建築、石造りによる工事が施された河川には曲線を描く木橋が掛けられている。
さながら仮想世界の平安京――といった風景か。
これがもっと後期をイメージしていたならば、通りにはより大きな建築物も軒を連ねていただろう。
古都の情緒溢れる町並を前に、もげ太は大きな目と口をさらに大きく開いて魅入っていた。
「~~~♪」
鼻唄でも歌い出しそうな足取りで進んでいく。
そんな仕草は、見ている人の庇護欲を掻き立てるとか、「迷子なの?」と言った風に、思わず声を掛けてしまいたくなる振る舞いだった。
子猫や邪気のない幼子の可愛い部分だけを切り取って見ているような、そんな感じだろうか。
そんな住人のひとり。
「おっ。兄ちゃん、キヨウは初めてかい?」
「はい!」
表で水撒きをしていた店主らしき男に声を掛けられる。
「そうかい! ――って、若葉かぁ! ははは、初心者に尋ねることでもなかったか!」
快活に笑ったかと思うと、自らの額をペシリとひと打。
「おおっと悪い悪い。……ほれ、こいつでも持って行きな。キヨウの特産品の和菓子だ!」
言って、店に並べられていた笹の葉の包みのひとつを手渡してくる。
「甘くて美味しいぞ」
「ありがとうございます!」
「なぁに、折角来たんだ。良い思い出作っていけよ!」
最後まで豪快に笑っていた男と手を振り合って別れる。
少々気前も良すぎるが、ああいった手合いの店主なら客受けも良いのだろう。
そんな具合に、目ぼしいものを見つけては走って感嘆の声を上げ、町人に可愛がられていた。
無論、本人も意識してのことではないのだが……
そんなもげ太が迷子になるなど、もはや時間の問題以前の話だった。
◇
「あれ……ここどこだろう?」
もげ太が首を捻っている場所は、袋小路――というほど複雑な作りをしている町ではないのだが。
地区で言うと、住宅街の裏路地へ入り込んでしまった状態か。
普段、観光に訪れるような場所ではないのだが……たまたま目にした四足歩行動物を追い掛けていたら、案の定迷ってしまった――とそんなところだ。
「うーん…………これは困っていいのかな?」
危機感が薄いのも、彼特有のスキルだった。
しかし、ツッコミ役不在では、いくら素材が天然でも無駄遣いでしかない。
救いがあるとしれば、いくらもげ太とはいえ、既に仲間とはぐれて迷子になっている自覚があることか。
追っていたはずの動物の影も既に見失ってしまっている。
勘だけを頼りに来た道を戻ろうとするも、
「あいたっ!」
さらに入り組んだ路地を進み、曲がった先で何かにぶつかってしまうというオマケ付き。
「…………あァん?」
そろそろと見上げると、同じように曲がってきた相手と出会い頭に衝突してしまったようだ。
自らの非に気が付き、もげ太は慌てて謝った。
「ご、ごめんなさい! よそ見してました!」
「オウ、こっちも悪かったなぁ」
そんなもげ太の様子を、ジロジロと無遠慮に眺め見る男。
法被に鉢巻と変わった出で立ちをしていた――が、キヨウでは風景と相まって違和感がない。
むしろ、こんな場所を歩くに似つかわしくないのはもげ太の方なのか。
「……んで、なんだぁテメェは?」
ただし、パッと見――ではなくとも、相手の男の人相とガラが悪いことに変わりはなかった。
それが少年にも伝われば良かったのだが、
「えっと…………どうも、もげ太と言います」
尋ねられた以上は、名乗って一礼をする。
さすがの相手も、馬鹿正直過ぎる応対にしばし面を食らったようだが。
「…………へっ、面白ぇなぁ。おい」
新たな騒動に巻き込まれるのがオチだった。
◇
一方――。
こちらの男は、薄暗い室内に居る。
形容できないのは、自ら置かれた状況に理解が追いついていないからだ。
いや、正確には、理解したくなかったのかもしれない。
「……オイ」
眼前にある黒い鉄柵を両手で握る。
ガシャン――という無機質で無情な金音。
どこをどう見ても鉄格子だ。
「なんだこりゃあぁ!?」
赤ネームは、平たく言って牢屋の中で怒声を上げていた。
声が通路の奥で木霊するころ、カランコロンという渇いた木の音を立てて足音が徐々に近付いてくる。
格子を隔てた先――気配の持ち主が、燈篭というおぼろげな光源の中に浮かび上がる。
その人物は口の端をわずかに吊り上げ、見下したような口調で男に告げた。
「いいザマね、影天殿」
声の主は女性だった。
やや肌蹴た和風の装束――花魁のような風体。
時代が時代なら、大枚を叩いてでも身請けを名乗り出る侍や豪商が現れたことだろう。
しかし、漂うのは遊郭のような甘い空気はなく、腹を空かせた肉食獣のような凄みだろうか。
「………………は?」
名前――と言って良いのか分からないが、現れた途端に呼び捨てにされ揺れる炎が照らす相手の顔をじっと覗き込んだ。
「あら? もうわたしのこと忘れたのかしら?」
女性が、ピンと立てた人差し指を紅い唇に当てる。
「その声…………げっ!! テメェは――毒花っ!?」
敗走中に伏兵に待ち伏せをされた敵将のような驚きと同時に飛び退くネームレス。
「あなたにしては品のない呼び方ね。それに、女に対して失礼だと思わない?」
「てっ、テメェだけは別だ……!!」
悠然とした態度を取る女とは裏腹に、男は格子から最大限に距離を取って壁と一体化しそうな勢いだった。
そんな怯えとも取れる相手を前に、毒花と呼ばれた女が愉快そうに笑みを零す。
「千人斬りのネームレス――その前は、シャドウスケイルだったかしら?」
それらは、【影天】という呼び名が付けられる以前の二つ名だ。
後者には別の意味もあるのだが。
「……ちっ」
ネームレスは歯を噛んで睨み返す。が、
「かつて、わたしの初めてを奪った男――」
視線の先、ちろりと覗く血のように赤い舌。
唇を濡らす姿は、獲物を見つけた蛇を髣髴させる。
ゆっくりと近付く女の手が、格子の鍵へと伸び――
「フフフ……」
カチャリ――という無骨な音が、静まり返った部屋の中に小さな含み笑いと共に響いた。
その足が、牢屋の中に向かって進んでくる。
ネームレスは慌てて双剣を抜いた。
黒刃と紫刃が鈍い輝きを放つ――が、その反射光は細かく揺れているようにも見える。
他者が装備の解除を行えないため、仮に拘置したところで丸腰にはできないのだ。
「そ……それ以上俺に近付くんじゃねぇ! 近付いたらブッコロスぞ――!?」
何某かの感情を隠すように、ネームレスが大声を張り上げた。
――しかし、
「別にいいわよ?」
女は、そうあっさりと返して退けた。
それどころか、
「むしろ望むところだわ」
さぁ、と受け入れるように恍惚と両腕を広げた。
「さぁ来て――、わたしの初めての男」
「二度も紛らわしい言い方すんじゃねぇ!!」
身内がこの場にいなくて良かった――などと思いつつ、腰を抜かす一歩寸前の状態で反対側の壁まで距離を取る。
不死者に襲われる人間が居たらこのような後ずさりを見せるのかもしれない。
「嘘は吐いていないわ? だって、あなたは初めてわたしを斬った男なんですもの」
「じゃあ、最初からそう言え! ――って、寄るなクソ花っ!!」
「あら、今度は言葉攻め?」
「違ぇっつの! ――だあぁ、もう!!」
双刃を石壁に刻む。
しかし、よほどの厚み――耐久があるのか破壊できる気配はない。
「おい、焔天、光天! 近くに居るならとっとと来やがれ! オイ!!」
さらに直角に転回した先で格子にぶつかり、舌打ちをしながら目一杯の力を篭めてガンガンと叩いた。
「つか光天、テメェは何考えてやがる!! 楓柳との交渉はどうした――!? PTメンバーの危機だぞ、あぁ!?」
徐々に這い寄る恐怖に、もはや影天もなりふり構わずなのか。
そこにはPKerとして馳せた名も、十二天として知れ渡った猛者の欠片もない。
そんな男の姿に、女が動きを止める。
毒花と呼ばれた彼女も、相手の無様に気を削がれたのか――?
――否、そうではなかった。
「あら? これが“交渉”の結果よ?」
ネームレスは聞かされた言葉に耳を疑いつつ、ギギギ、と機械的な動作で首だけを女へと向ける。
「………………なんやて?」
「動揺が一周したのかしらね。普段の貴方には有り得ない言葉遣いになってるわよ?」
くいくい、と小指から順に指を折り、目前の獲物を誘う白花。
「クソッ――! あの光、俺を売りやがったのかぁ――!? や、やめ――!」
ネームレスは、親に叱られた子どものような表情でイヤイヤと首を左右に振った。
「レッツ、ディナーターイム――」
艶を帯びた声で髪留めを外す。
バサリと長く広がった髪は、まさに密室に張られた女郎蜘蛛の巣の如し――。
「ま、まだ夜じゃねぇ! ――てか、服ぅ!? 規約! 規約はぁ!? 倫理プログラムはどうしたぁぁ!!」
「赤ネが規約だなんだの良く言うわ。――もちろん解除済みよ!」
「使い方間違ってんだろ、それ!? あああ、アカンて! だ、誰か……もげっちぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!!!!」
慟哭が消えては木霊し、また消える。
時刻はまだ昼下がり。
夜はこれからですらなかった。
◇
「いやいや、よく来てくれた。光の」
「ご無沙汰ですー」
奥の院でズズズ、とお茶を啜るのは二人の女性。
ひとりは魔術師ちっくな法衣とスタッフの少女、もうひとりは意匠が凝らされた着物姿の女性だ。
そこから少し離れた中庭にて、剣の素振りをする逞しい男が言う。
普段と異なり、玉石の音が心地よい。
「……む? 何か悲鳴みたいなのが聞こえた気がするのだが?」
「やぁ。気のせいですよー」
ホカホカと昇る湯気に前髪を揺らしながら、湯飲みを抱える少女は、にっこりと微笑んでいる。
「左様。ここは楓柳の本山ぞ? ご心配召されるな、焔の」
リリルに続けるよう本山の総大将が言った。
その表情には、何ら陰謀の類を含む様子はない。
「かの戦天がそう言うなら問題ない――はずなのだが」
腕を組んで唸るエルニド。
「焔のも、いつまでも無粋を振るっとらんで上がって来ませい。同じ十二天じゃ、遠慮は要らぬ」
「そうですよー。ささ、エルたんの分の甘々もありますよ?」
「え……エル、たん……だと?」
エルニドは驚愕した。
もげ太が“もげ太さん”で、何故に自分が“たん”付けなのか。
先の妙な胸騒ぎのことは忘れ、首を振って何とか自制を促す。
「……そうだ。もげ太に連絡しておかないと」
「あ、それならわたしがしておきましたよー?」
「そうか。助かる」
「いえいえー」
何やら先手を打たれたような気がしなくもない。
言って、エルニドはしばらく大福少女の微笑みを見つめた。
「どうかしましたか?」
「いや……心配でな。落ち着いて座ってられんのだ」
「大丈夫ですよー?」
「……だといいがな」
少年の性格や特性を十分に知っているだけに返って不安もあった。
――何事もなければいいが。
色々な意味で、男は切にそう願った。
目を瞑り、再度心を無に。
そして、素振りへと戻る。
「……む?」
素振り用の木刀の先に、見慣れた顔が映し出される。
これは、己が敵を無心に反映したのだろうか。
既に戦いも渦中の設定なのか、その姿はボロボロだった。
「…………って、なんだ本物じゃないか。脱衣もほどほどにしておけよ」
「デフォルト半裸の野郎が真顔で言う台詞か――!?」
首だけを向けて、ブンブンと豪腕で風を切りながら筋肉半裸はズタボロ半裸に言った。
普段なら三秒クッキング状態のオーブンネームレスだが、その日は日頃より勢いが足りなかった。
「あ。すっぽんも赤マムシもありますよー?」
「要らねーよ、未遂だっつの!! つか、何だその用意は――!? 確信犯か――!?」
自らを陥れた団子少女に確かな殺意を滾らせるトップレスがそこ居たとか何とか。




