四大ギルド――楓柳
2016/08/21
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四大ギルドがひとつ、楓柳――。
ギルドマスターは、十二天の中でも最強の候補――三傑に名を連ねる【戦天】。
その知名度から集まった人数は悠に千を超え、傘下のギルドまでも数えれば、その総量はさらに数倍に上ると言われている。
原則として、加入条件や規制を設けていない点も多くのプレイヤーを集める理由を担っているのだろう。
楓柳は大きく――雪組、月組、花組の三つに分けられ、責任者である組長には三大幹部が抜擢されている。
実質的には、彼らが楓柳を纏め上げていた。
その三大幹部のひとり、“ベリガ”は足早に通路を進んでいた。
彼が向かっているのは、楓柳総本山の最奥にある書院だ。
和をモチーフとしたここは長い廊下と階段を複雑に絡み合わせた入り組んだ構造をしている。
進めども進めども中々辿り着かない目的地というは、洋を基調とする彼にとってはいつになっても馴染み難いものだった。
「お時間、よろしいでしょうか」
襖を開けたベリガが言葉を発する。
視線のさらに奥、一段高い簾を隔てた先に腰を降ろしているのが、楓柳の創設者にして十二天としても名高い少女――キリュウだ。
「ベリガか」
「は」
名前を呼ばれ、ベリガは恭しく傅いた。
「急な案件ゆえ、ご無礼を承知で失礼致します」
「構わぬ。して、何用じゃ?」
「はっ」
ベリガが懐から書簡を取り出すと、寄ってきた側女へ手渡した。
そうしてマスターに差し出され、簾の奥でするりと書簡の紐が解かれる。
「毎度、七面倒なやり取りじゃの」
「キリュウ様の威容と威厳を知らしめるためにございます」
「それが硬いと言うに。全く……“自由な風潮”とはようも言うたものじゃ」
「お言葉ながら、キリュウ様。楓柳では、重んじる“規律”もございます」
「それは何じゃ?」
「キリュウ様に尽力することでございます」
「…………ベリガ、いい加減に面を上げぬか」
「はっ」
辟易とする敬愛者に言われ、ベリガは平伏していた頭を上げる。
その顔立ちは、男にして綺麗と言わしめるほどに整っており、青の相貌はただ一点を見据えていた。
「おぬしは相も変わらず……じゃの」
その、視線の先の主がベリガに言った。
「恐縮です」
「褒めとらんわ」
手にした扇子をパチンを閉じる。
軽く会釈をする部下を余所に、キリュウは書簡に目を通していく。
「……ふむ。【死天】の目撃報告――か」
内容は、ベリガが認めた報告書のようだ。
筒状に丸められた用紙を伸ばしながら、キリュウは読み進めた。
「キリュウ様。文字通りもお言葉ながら、声に出されて読まれては書簡の意味がありません」
和の居室にそぐわない、西洋風の相貌をした男が壇上の主をそう嗜めた。
「む……正鵠じゃ。しかし、ここには我とお主、それとスズランしか居らぬゆえ……構わんじゃろう?」
突如名を呼ばれた側女が、やや俯きがちに頭を垂れる。
が、ベリガがその発言に反論をした。
「この国では、壁に耳あり、障子に目あり――と言い伝えられております」
その発言から、ベリガというプレイヤーは異国の出身である様子を窺わせる。
「確かに、お主の言う通り、この部屋には壁も障子も襖も簾も畳もあるがの。さて目や耳は生えておったかな?」
「ご戯れを」
「戯れておるのはどちらか、この戯けめ」
キリュウがわずかに棘を孕んだ言い方をした。
ベリガは臆することなく、
「ですが、隠遁の術者がいないとも断言できません」
「ほう……この“修羅”の目を欺ける者が存在するとでも?」
「それもお言葉ながら――かの【影天】であれば不可能ではないかと」
「それこそ戯言よ。奴がこの場に潜入しておれば、ここは既に戦場と化しておるわ」
「はっ……確かに。失礼致しました」
意外にも、ベリガはあっさりと引き下がったようだ。
影天――いや、赤ネームの存在を快く思っていない証拠だろう。
「見ていれば……少し無礼が過ぎるのではないかしら?」
そんな二人の会話に横槍を入れたのは、控えていた側女。
――いや、側女ではない。
「白花か……」
ベリガが、女性の名を口にする。
「なにかしら? 深雪殿」
「…………ふん。毒花め」
呼ばれた女性が眼前の男を一瞥すると、男も負けじと睨み返した。
どちらも引き下がる様子はない。
「これ。止めぬか二人とも。雪月花を束ねる者が、顔を合わせる度にその様でどうする」
「はっ、キリュウ様。申し訳ありません」
「大変なご無礼を……」
それぞれが受け持つ組――“雪組”と“花組”の長が頭を下げる。
「まぁ、良い。【死天】――じゃったな」
「……は」
また、男はその単語を口にするのを憚んでいるのだろう。
だが、キリュウは気にせず続けた。
「月のから話を聞いた時は半信半疑じゃったが……果たして本当に十三人目となるのやら」
「わたしは今でも半信半疑でございます」
「そう言うでない。十二天とて他者に与えられた呼び名なのじゃ。特段、十三に増えたところで不思議もない」
「天名の重みが損なわれます」
ベリガの瞳が、真っ直ぐにキリュウの目を突き通す。
「始まりは“七天”でございました。しかし、月天を含め、今や十二――いや、十三人になろうとしております。このままではいずれ……」
始まりの七天――。
それは、聖、形、戦、光、氷、戴、焔の七つを示す。
彼が、影天を毛嫌いする理由は赤ネームという以外にもそこにあった。
「ふむ。ならばいっそ、お主も名を連ねてみてはどうじゃ?」
「……キリュウ様、おふざけはお止めください」
「あなた、まんざらでもない――って顔をしてるわよ?」
「………………」
白花の指摘を受けて沈黙する深雪。
「と、とにかく――月組の長の奔放ぶりには、ほとほと困り果てております!」
「今は捨て置きませい」
「しかし! 組の管理を下の者に押し付けておいて、独断でまやかしの存在を追うなど……!」
「ふぅ……」
キリュウは大きく息を吐き出し、ベリガの熱が冷める間を持つ。
「……奴とはそういう取り決めよ。何事か懸念でもあるのじゃろう」
「それでは、皆に示しが――」
「――ベリガ!」
びくっ! とベリガの身体が傍目から見て取れるほどに大きく揺れる。
「……我は捨て置け、とそう言うたな?」
強く名を呼ばれ、身を竦ませた同胞を申し訳なく思うように、キリュウは小さな声で続けた。
「…………はっ」
その気遣いも察したのか、渋々――といった様子でベリガが引き下がる。
その光景に口角をわずかに緩めているのはスズランか。
横から刺さる視線に、忌々しくベリガが奥歯を噛む。
――あの表六めが。
細かく振動する小声で、ベリガが呟く。
「キリュウ様の仰るように、わたしが十二天であれば……あの者のように御目をかけていただけたのでしょうか?」
そのまま震える指で叩きに爪を掻けた。
その様子をしばらく見つめた後、キリュウがそっと声を掛ける。
「…………勘違いをするでないぞ、ベリガ」
ベリガは姿勢を変えぬまま、親愛する主の声に全霊を傾けた。
自分が弱音を吐いたのは、無意識にキリュウ様の言葉を欲してのものだからだ。
例え辛辣な句を浴びせられようと、一言一句を聞き逃すまい――と。
「……我はお主にも重々目をかけておる。もちろん、スズランにもじゃ」
「キリュウ……様……」
ベリガは、感涙に溢れそうになる心を必死に押し殺しながら頷いた。
「ここまで大きくなった楓柳を我ひとりで束ねることはできぬ。これからもその力、我に頼らせてくれぬか?」
「――はっ!!」
ベリガは、額を畳にぶつける寸前まで振り下ろす。
惰弱を晒した自分に対し、目上の方に気を遣わせて「力を頼らせて欲しい」など言わせてしまうなど、騎士として何たる恥か。
心の弱さを悔やみながら、しかし、ベリガは今までにないほど強く拳を握った。
「この身命を賭して!」
――何に引き換えようと、必ずこの方のお力になろうと。
◇
そうして、退室したベリガを待ち受けていたのは、男と同格の女性だ。
廊下の壁を背に立ち、短い着物の裾から出る脚を組んでいる。
「雪長殿」
「………………何も言うな」
切に、ベリガはそう花組の長に告げた。
「…………SSいただきました」
「後生だ! 削除してくれ!!」
しかし、彼の願いは届かなかった。
虚しくもスズランの後姿はそのまま通路の闇へと消えてしまう。
「………………」
残されたベリガは、しばし呆然と佇んでいた。
動画でなくて良かった――と自分を慰めるしかないのか。
「お、おのれ月天…………断じて許すまじ――!!」
ひとり復讐に燃える男、ベリガ。
かつての名を蒼雪のベリガ――。
ある日から、ぱったりと耳にしなくなった彼の勇名だ。
――とあるプレイヤーに心酔していなければ、今頃は“十二天”にまで上り詰めていたのではないか。
そう囁かれるまでに優れたプレイヤーなのは、今も昔も変わらぬ話である。
◇
[一件のメッセージが届いています]
――――――――――――――――――――
from:キリュウ
あー突然すまぬ、光の。
この頃の、どうにもこうにも
ベリガの奴が荒れてちと手を焼いておる。
近うに寄ったら一度顔を見せてはくれぬか?
――――――――――――――――――――
◇
ところ変わって山岳フィールド――。
今日も、もげ太は素振りに勤しんでいる。
目の前のMOBも、相手が素振りでは反応しようもない。
クレイゴーレムとは異なり、少々格上でもそれがノンアクティブの良いところだ。
「…………暇なのは分かってっけどよ? もげっち戦ってる後ろでLSD弄ンのはどーなんよ?」
「察してやれ。女性には色々あるものだ」
我に策有り――ともげ太のレベリングに一行を連れてきたエルニドが、物知り顔でネームレスにそう言った。
「…………俺と同じ高校生が、いっちょ前の男気取ってんじゃねーよ、ハゲ」
「だ・れ・が、禿か――!!」
こちらも以前と何ら変わりのない関係に戻っている。
刃を交わす大太刀使いと双剣使いを遠目で微笑ましく見守りながら、リリルはぴぴぴとLSDを片手で操作していた。
もう片方の手で、今も戦闘中の友人をサポートすることは忘れない。
「ぷー……もげ太さん放置して斬り合ってるのは、どこの鶴禿と根暗ですかねー…………送信っと!」
◇
[一件のメッセージが届いています]
――――――――――――――――――――
from:リリル
いいですよー。
……あ、でもでもー。
お友達(その他)も一緒なんですけど、
それでもいいですかー?
――――――――――――――――――――
◇
「……ふむ」
キリュウは誰も居なくなった上々段にて、わずかに肌蹴た着物の裾から両足を伸ばしていた。
さすがに白足袋を脱ぐまではしない。
そんな姿勢でも――いや、こうしてLSDを弄る姿をあの小姑のような男に見られたら、さぞ口うるさく言われることだろう。
「我も……たまには家出でもしてみるかの」
ふと口にしてはみたものの、いざ実行すればベリガは果たしてどういった行動に移るか。
――少し考えただけでも想像に難くない。
「はぁ……やめじゃやめ。こんな時にあの男が居ればの……」
キリュウはパタパタと縁台から両足を振った。
家でから連想した“あの男”のことを思い出し、少女は遠い目をする。
――何故、我と敵対するのか。
――何故、我を見捨てて出て行ってしまったのか。
唯一、口を突いて出てしまう無意識下の弱音に嘆息した。
「これをベリガの前で零すと……ヤツめ。目を剥いて怒るからのう」
――『出て行った者を頼るとは何事ですか! キリュウ様にはこの深雪めがおりましょう!!』
と。
苦笑を浮かべ、少女は視線をLSDに戻した。
表示されているのは、友人から返信されたメッセージ。
「折角、光のも友人と楽しんでおるのじゃ。光のだけ招待するのも心苦しいかの」
言いながら、キリュウが覚束ない様子でLSDを操作する。
「えーと……、光の……の友人であれば……問題あるまい……スズランに……話は通しておく……と」
後は適当に文章を付け足して送信する。
読み書きをする時に内容を口に出してしまうのが、楓柳マスターという肩書きに反する可愛らしい癖だった。
もちろん、この時点のキリュウに、リリルの友人その他が何者であるかなど知る由もない。
名前だけならちらほら出ている十二の人たち。登場はこれで四人目です。
それと、しばしばやり合ってる焔天と影天ですが、PT時はダメージ判定が発生しないので単なるのどつきあいです。




