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よっつ、喜ぶ婦女子たち?

2016/08/01

本文修正しました

 



 二人がクレイゴーレム狩りを始めて二時間を過ぎた頃。


 ――その事件は唐突に起きた。


「ぐっ――!?」


 背後から受けた突然の攻撃に、エルニドは悲鳴を上げて後ずさりをする。

 振り返ると、そこには見慣れたようで少し異なる岩塊MOBがこちらを見下ろしていたしていた。

 その大きさは、クレイゴーレムを一回り以上上回っている。


「あ、アースゴーレムだと!? なんだってこんなところに!?」


 エルニドは地に片膝を突いたままだ。

 動かない目標に向け、アースゴレームは二の拳を振り下ろした。


「え、エルニド――っ!」


 〈バキィン!〉


 渇いた打音が響く。

 寸前でカバーに入ったのは、【木の盾】を前に構えた少年アバター。

 もげ太の盾が、綺麗にアースゴーレムの拳を横から弾いた音だ。


 判定は――――《シールドバッシュ》だ!


 効果音と共にシステムメッセージが流れ、もげ太が新たなスキルを習得した旨を通知する。


「もげ太!」


 エルニドが叫んで、追撃のチャンスを訴える!

 察したもげ太は、態勢を崩したアースゴーレムに向かい《スラッシュ》のコンビネーションを放った!

 その機を見逃さず、エルニドは《闘いの鼓舞》を用い、PTメンバーの攻撃力をわずかに上昇させる!


 一段! 二段! 三段――!!


 三回に渡る《スラッシュ》がアースゴーレムのHPバーを大きく削る。

 しかし、まだ倒しきるには至らなかった。

 アースゴレームの硬直が解け、敵が跳躍姿勢へと移る。


 敵の範囲攻撃スキル――《アースクラッシュ》だ!


 もげ太は、まだアースゴーレムの行動には気付いていない。


「くっ、やらせるか!」


 エルニドは小さな身体を両手で鷲掴みにし、空中へと放り投げた!


「え…………えぇーーーっ!? エル……ニ……ォ……ーー」


 徐々にフェードアウトしていくもげ太の悲鳴。

 少年は目をいっぱいに見開きつつ、空高く舞い上がっていった。


 直後、飛び跳ねたアースゴーレムが着地すると、地面に大きなヒビが入り、周囲一体にダメージ判定を発生させた。

 地に足を着けていたエルニドはFoEの対象となるが、空へ逃げていたもげ太は――――無傷だ。


「……ぁ、ありがとう――!」


 上空から徐々に近付いてくるもげ太の声。

 そして、自分の位置がちょうど敵の頭上――絶妙なチャンスであることに気が付いた!


「てぇやぁーっ!!」


 構えていた剣を直下に持ち直し、落下の勢いのままアースゴーレムへと突き立てる!


 〈ガキィィィン!!〉


『グォォォォォォォォーーー!!』


 鈍い音を立て、木剣がアースゴーレムの頭に深々と突き刺さった。

 攻撃力に落下ダメージが加算され、さらにクリーンヒットのおまけ付きだ!


 三割ほど残っていたアースゴーレムのHPがゼロになり、その巨躯がゆっくりと沈黙した。

 そして、緩慢に崩れていく岩塊の下に現れたのは……


「――あ!」


 もげ太は駆け寄り、陽を受けて輝く丸い宝石を掴み上げた。

 それをエルニドの目にも見えるように両手で高く掲げて見せる。


「やった……見てよ、エルニドっ。アイテム落としたよーー!」


 もげ太が掲げているのは、紛れも無く【練成石】だ。

 無邪気に喜ぶ少年の姿を見守りながら、エルニドはゆっくりと頷いた。




 ◇




 そんな二人――いや、大太刀使いに焦点を定めたのか。

 気配を殺し、忍び寄る影の存在。

 影はエルニドの背後を取ると、小さく呟いた。


 ――へえぇ、と。


「お、おわっ――!?」


 慌ててエルニドが振り返る。

 全く気取られずに背後を取られた事実も驚愕したが、その理由も相手の顔を見て納得した。


「え……影天――!?」


 呼ばれた男は《隠遁》を解除し、しかし、肯定もせず静かにそして冷ややかに大太刀使いの顔を凝視した。

 無言で。


「……………………」

「な、何かな……? ち、ちなみに禿げてないぞ?」


 空気にいたたまれず先を期すも、影天は取り合わない。

 深く息を吐いた影天はきびすを返すと、片耳だけ見える程度に振り向き、エルニドに聞こえる程度の大きさでぼそりと呟いた。


「…………ペテン(ぼそっ)」

「――!?」


 そのひと言に、焔天の身体は見て取れるほどに大きく一度だけ揺れた。

 そのまま、すっ――と背中を向けて去ろうとする影天。


 滅多に背後を見せない貴重な後ろ姿。

 不釣合いだが似合っているような三つ編みが三本――と、今はどうでもいい。


「ま、待て……! これには深い理由がだな……」


 エルニド的には、変に問い詰められたり詰め寄られるよりも精神的なダメージが大きかった。

 肩を掴み、慌てて男を引き止める。

 しかし、ネームレスの表情は変わらない。


「散々偉そうなこと(・・・・・・)を俺に説いてたあの焔天様が……なあ?」

「事情……事情があるんだ! とにかく……些細ながら俺にも過失があったり、何よりもげ太もいい加減狩場や装備の適正を過ぎそうだったり――!」

「んなこた分かってるっつの」

「で、では……!」


 厳つい顔が間近で瞳を輝かせるのを見て、ますますげんなりするネームレス。


「あのさ、テメーよ? もし、後でもげっちが真相知ったらどうするつもりなんだ?」


 自分より背が低いはずの影天が見下すように冷淡に告げる。


「ぐ……それは……」


 指摘を受け、エルニドは言葉を詰まらせた。


「隣のエリア行かねーとアースゴーレム(・・・・・・・)なんて出てこねぇだろうが」

「うっ……!」

「そもそも、アースゴレームがドロップすんのはEランクの練成石だろ」

「うぐっ……!」

「おまけに、マケボにテメーが石買ったログが残ってたしな」

「それは――――って、おまっ、いつから――!?」

「あ? なんか文句あんのか?」


 追尾行為を咎めようにも、この場のカードはほぼ全て影天が握っていた。

 エルニドは、ただネームレスの表情を伺う他ない。


 やがて、無言で睨みつけていた双剣が軽く舌打をする。


「ちっ…………いいから、もげっちにホントのこと話して謝ってこい」

「影……いや、ネームレス……?」


 男がもう一度はっきりと聞こえるように舌打ちをする。


「ちっ。テメーらの関係にヒビが入ろうが、俺の知ったこっちゃねぇ。が、隠しごとしてるよかなんぼもマシだろうが?」

「お、お前……」

「もげっちはそんな小せぇ人間じゃねーだろ。勝手に見下して(・・・・)んじゃねぇよ」

「そんなことは…………いや」


 ――そうなのかもしれんな。


 指摘されて、初めて気付いたことだ。


 ――俺は、もげ太を勝手に気の毒に思って……同情したのか――。


 エルニドは、思い切り自分の顔を殴ると、動いたかどうか程度の角度でネームレスに頭を下げた。




 ◇




「――と、いう訳なんだ」


 エルニドは、もげ太に事情を説明した。


 隣のエリアからこっそりアースゴレームを連れてきたこと。

 故意に攻撃を受けたこと。

 予めその座標に【練成石】を置いておいたこと――。


 もげ太は、初めは首を傾げていたが、エルニドの神妙な顔つきに彼なりに“ただ事ではない”と感じたようだ。


「うん……」

「本当にすまなかった、もげ太!」


 パン! と大きな音を立てて両手を合わせるエルニド。

 大きな身体も、今はどこか頼りなさ気に映った。


「あはは、いいよ」


 そんな友人に対し、もげ太は笑って手を振る。


「エルニドだって僕のためを思ってしれくれたんでしょ? だったら嬉しく思っても……怒ったりなんてしないよ?」


 謝罪などしたところで、もげ太ならばそう言うであろうことはエルニドにも分かっていた。

 エルニドは、ギュッと拳を握ると、覚悟を決めて宣言した。


「…………決めた。俺は、これからキャラリセしてくる」

「え?」

「は?」


 この発言には、もげ太だけではなく――いや、むしろ影天の方が耳を疑った。


「は……? ……オイ? しょ、正気か――――!?」

「もちろん正気だ。狂気でこんなこと言えないだろう?」


 エルニドが見えないパネルを操作している様子が伺える。

 おそらくは、PTを抜けてログアウトしようとしているのだろう。


「クソが、狂気じゃねーと言えねぇだろ!!」


 その行動を、かつてないほど必死で止めようとする影天。

 本人も何で止めているのか分かってない。

 むしろ十二天が減るのであれば、ライバルが減って有り難いくらいなのに――


 ――いや。


 ライバルだからこそ、いなくなっては困るのだ。


 ネームレスはそう自分に言い聞かせ、さらなる説得を試みる。

 自分にできる精一杯の説得を――


「反省してんのは分かったら少し落ち着けって、このハゲ!!」

「――誰が禿げか!!!!」


 ――逆効果だった。

 エルニドの意思は、微塵も揺らがない。


「一からやり直して、もげ太と一緒に練成石を集める。それで、PTを組んで……共に戦う(・・・・)

「おま…………焔天……」


 込められた言葉の意味は、ネームレスにも痛いほどに伝わった。

 確かに、今の自分たちの状態を一緒に遊んでいる(・・・・・・・・)と胸を張って言えるか――そう問われたら、自身を持って頷くことはできない。


 俺たちは、ただ自分たちの都合でもげ太を振り回して……。


 ネームレスは、一度伏せた目を開くと、意を決してエルニドに告げた。


「ちっ…………わーったよ。テメーの意思がそこまで固ぇなら、俺はもう何も言わねぇ」

「あぁ、悪かったな」


 ネームレスがエルニドの考えを深く理解してくれたことに感謝を示した。

 それが謝罪の言葉になったのは、別に道を歩いていたとはいえ、相手も互いを研鑽し合ったひとりだからだ。


「ただし――だ。条件があるぜ?」


 思わぬ否定語の後、ネームレスがガンを着けながらエルニドに距離を詰めた。


「条件だと?」

「あぁ、簡単な話だ。俺もそれ(・・)に付き合う」

「……は?」


 予想のはるか斜め上を行くネームレスの提案に、今度はエルニドが目を丸く場面となった。


「い、いや、ちょっと待――」

「言っとくが、勘違いはすんなよ?」

「勘違い……?」

「あぁ。別にテメェに感傷はねぇ。ただな、もげっちと遊びてーと思ってんのがテメーだけだと勝手に決めつけんじゃねぇよ」


 言ってそっぽを向く影天。

 その耳は、名前と同じ色に染まっているように……見えなくもない。


「ネームレス……お前……」

「だー、クソッ!! つまり、もげっちのためだ! テメーのためじゃねぇ!! そこだけはハッキリ言っとくからな!!!!」

「あぁ……あぁ」


 エルニドは、一度空を見上げてから頷いた。


「だが、お前にだって今まで作り上げてきたものがあるんじゃ――」

「――あのな」


 ネームレスは、やや顔を伏せると不意に表情を暗くした。


「俺の築き上げたモンなんて…………考えてもみろ。もげっちと居たら反ってマイナスになっちまうだろうが」


 ネームレス――影天は、PKerであり赤ネームだ。それも最上級が付くほどの。

 そんな彼が初心者のもげ太と並んで歩いていて、まったく害を及ぼさないかと問われ、「ノー」と言い切る自信はエルニドにもなかった。


「確かに……そうだな」

「だから、テメェがいちいち気にすんな」


 だが、ネームレスの発言に、エルニドは胸に熱い何かが込み上げてくるのを感じた。

 もちろん胃もたれや胸焼けではない。


 エルニドは考えた。


 アバターといえば仮想世界とはいえ、自分の分身。

 この二年で築き上げてきた半身だ。


「ネーム……レス……」


 それを友のためならば迷わず捨てられる、漢の中の漢なのだ。

 こいつは、孤独やPKを愉しんでいたのではない。

 この世界で自分の居場所を探していたのだと――。


「ネームレスぅぅぅぅぅぅぅー!!」


 自分の身長を上回る太い両腕が大きく広げられた!


「うわっ、抱きつくなこのハゲ! 気色悪いっつか汗臭ぇだろが!!」

「うぐっ……今まで……今まで色々とすまなかった! 所詮は赤ネだなんて“色眼鏡”を掛け見てたのは俺の方だった!!」


 〈ギチギチギチギチ……っ!〉


「いっ、いや――ぐぇっ! め、眼鏡よりカツラでも被ってろっつの……このハゲっ!! く、くるし――」

「あぁ、お前がそういうなら次はそういうアバターを選ぼうじゃないか!! さあ、お前はどんなアバターにするんだ!?」


 〈メキメキメキメキ……っ!〉


「お、おぉ………しぬ……し……も、もげっち……た、助けて………」



 ――――。



 そんな二人のやり取りを、傍らで静かに眺めている存在があった。


「ふふ」


 存在は、いつもと変わらない微笑を浮かべている。


 ――が。


 何故か、周囲の温度が普段よりも低く感じる。

 妙だ……つい、さっきは昼寝に勤しむくらいの陽気だったのだ……。


 二人はおそるおそる振り向いた。


「もげ……太?」

「ご、ごほっ……も、もげっち……?」


 少年アバターはにこにこ顔を崩さない。

 その表情が、ゆっくり、ゆっくりと形を変えていく。


「ねぇ。二人とも?」


 桃色の唇が笑いながらゆっくりと言葉を形づくる。


僕のため(・・・・)にキャラクターを消すって、本当かな?」


 天の二つ名を冠する、二人の最強プレイヤーは揃って絶句した。

 気温は益々低下の一途を辿っているようだ。


「「「も、もも、もげ太……?」」」」

「「「もげ、もげげ……もげっち……?」」」」


 二人は抱き合い、その身体をガタガタと震えさせ始めた。


「それ、二人は僕が喜ぶ(・・)と思ってやってるのかな? 僕、そう考えてもいいんだよね? ね?」


 み、見えるぞ……少年の背後に馬頭観音の姿が見える……。

 そして、これは――――見た目は柔和相だが、間違いなく憤怒相だ!!!!


 二天が同時に予感したのは――――『死』。


「……てっ、てめ……テメーが先にバカなことを言い出したせいだぞ!?」


 エルニドが勢い良くネームレスを突き放した。


「おっ、お前だって乗ってきただろうが!? 今更俺ひとりに擦りつけるつもりか――!?」


 その手を払い除け、すぐに両腰へと手を伸ばすネームレス。


 そのまま取っ組み合いとなった大太刀使いと双剣使い。

 岩よりも厚く、鉄よりも堅かったはずの二人の友情は、ここであっさりと瓦解した。


 そんな二人に、ひたり……ひたり……と静かに忍び寄る少年の姿。

 その手が、ゆっくりと二人に向かって伸ばされる――!


「喧嘩は――ダメだよ?」


「ごごっ、御慈悲をーーーー!!!!」

「ひっ、ひぃぃぃぃ…………!!!?」



 ――直後、二人は盛大に後ろにひっくり返り、受け身を取るや否や仲良く揃って土下座をした。

 それは一部の乱れもない、見事な見事な土下座だったという。




 ◇




 後の話だが、『魔法少女ぴかちう』という謎の人物から公式掲示板に一枚のSSが投稿された。


≪画像≫


 大柄で隆々な肉体が特徴的な男と、中性的でクールなイケメンが見つめ合いながら、互いに熱く抱き寄せ合っていた。



 ――コラージュ説も多い中、降って沸いた四本足の奇天烈な生物が素敵な笑顔で掲示板を埋め尽くしたという。



 ほもぉ。




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