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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第99話 失いたくない

 黒い核は、シィルヴィアだけを見ていた。


 エスペルが剣を構える。


 帝国軍が退路を支え、白い塔からセレスティアの祈りが細くつながる。



 それでも、光は青白い魔力を追い続けた。


「陛下、下がってください!」


 近衛が叫ぶ。


「下がれば帝都へ落ちる」


 シィルヴィアは短く答えた。


 氷の壁が核を包む。


 だが、黒い光は氷の内側を這い、彼女の足元へ近づいた。


 タクミは前線へ走ろうとして、リディに腕を掴まれる。


「行っても戦えない」


「分かっています」


「なら、何をする」


 炊事場の鍋を見る。


 何度も作った根菜のスープ。


 シィルヴィアが帰れば、いつでも食べられる味。


「待つと伝えます」


 椀を一つ取り、リディと兵が開いた道を走る。


 シィルヴィアの前まで近づくと、彼女が振り返った。


「タクミ。危ない」


「知っています」


「戻って」


「その前に」


 湯気が二人の間へ上がる。


「戦わないで、とは言いません」


 彼女が選んだ戦いを、自分の怖さだけで奪いたくない。


「でも、帰ってきてください」


 シィルヴィアの手が止まる。


「食事を作って、待っています」


 言葉にした途端、胸の奥が痛んだ。


 守りたい。


 それだけでは足りない。


 いなくなってほしくない。


 失いたくない。


「陛下だからじゃありません」


 声が震える。


「氷血だからでもないです。僕が、シィルヴィアに帰ってきてほしい」




 シィルヴィアの唇が、わずかに開く。


 黒い核が深く脈打った。


『器を返せ』


 声は戦場の全員へ届く。


 シィルヴィアの足元に白い霜が広がった。


 エスペルが一歩前へ出る。


「誰のことか知らないけど、名前で呼べ」


 金色の線が仲間の退路を結ぶ。


 シィルヴィアは、タクミの椀を受け取った。


 戦場で飲めるのは一口だけだった。


 温度を確かめるように、ゆっくり飲む。


「帰る」


 短い返事だった。


「必ず、あなたのところへ」


 タクミは空にならない椀を受け取った。


「残りは、帰ってからですね」


「温め直して」


「はい」


 シィルヴィアが核へ向き直る。


 青白い氷とエスペルの剣が、同時に黒い光を挟んだ。


 離れた二つの力を、金色の帰路が一つへ結ぶ。


 核は砕けず、その形のまま封じられた。


 戦場の冷気がほどけていく。


 タクミの手には、帰ってきた人へ渡す半分のスープが残っていた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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