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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第98話 帝都防衛

 帝都の防衛は、勇者一人の戦いではなかった。


 北門では帝国軍と王国騎士が盾を重ねる。


 東門では市場の商人たちが荷車を回し、水と乾パンを運ぶ。


 施療院ではイレーネとノエルが負傷者を受け入れる順番を決め、治癒師たちは祈りを一人へ集めず交代していた。


 共同食堂では、ハンナが大鍋を任されている。


「汁を切らすな! 戻った兵から座らせろ!」


 タクミは城壁内の炊事場で、兵の顔を見て椀を分けた。


「前線へ戻る人は濃い方。吐き気がある人はこっち。手が震えるなら、先に水を飲んでください」


 大鍋を守ってきた厨房が。


 命令を待たず、目の前の声を聞く人たちが。


 一人へ集中させない形に組み直された治癒と祈りが。


 それぞれの場所で動いている。


 魔物の群れが北門へぶつかった。


 エスペルは中央に立ち、三つの戦線を見渡す。


「俺が核へ行く。リディさんは北門を維持。王国騎士は東へ回ってください!」


「一人で行くな」


 ダグラスが馬の上から肩を掴む。


「行きません」


 エスペルが笑う。


「道を空けてもらいます」


 帝国の槍が獣を押す。王国の盾が横から群れを分ける。シィルヴィアの氷が、作られた一本の道を崩れないよう支えた。


 勇者の半分の力が、その道の先へ走る。


 黒い核へ剣が届く直前、地面から新しい群れが湧いた。


「後退!」


 ダグラスの声が響く。


 だが、東門の隊が囲まれている。


 先に退けば、二十人が残る。


 以前のエスペルなら、一人で残っただろう。


 今は剣を地面へ立て、全員の位置を見る。


「北門、三歩下がれ! 東の隊を中央へ通す!」


「中央が開くぞ!」


「俺が埋めるんじゃない。全員で閉じる!」


 号令に合わせ、部隊が動く。


 誰かの足りない場所へ、別の誰かが入る。


 一人も置かない。


 全員が帰れる道を作る。


 その瞬間、エスペルの召喚紋が赤ではなく、淡い金に光った。


 剣から細い線が伸び、兵たちの退路を結ぶ。


 速くなったわけではない。


 強くなったわけでもない。


 誰がどこへ動けば帰れるのかを、全員が同じ一瞬に理解した。


 囲まれていた東の隊が抜ける。


 北門の盾列が閉じる。


 シィルヴィアの氷が魔物の足だけを止めた。


「今だ!」


 エスペルの剣が黒い核を貫く。


 光が空へ弾け、魔物の群れが次々と形を失った。


 帝都の三つの門から、勝ち鬨が上がる。


 炊事場まで届くほど大きな声だった。


◇ ◇ ◇


 前線から戻ったエスペルは、最初に人数を数えた。


「全員いる」


 ダグラスが頷く。


「帰れる形で勝った」


 イリスが持っていた鑑定板へ、遅れて文字が浮かぶ。


 ――職業《勇者》。変化。


 古い文字がほどけ、新しい名へ組み替わった。


 ――固有職《帰路を拓く者》。


 誰もすぐに意味を説明できなかった。


 タクミには、理由だけが分かった。


 料理が新しい力を与えたのではない。


 仲間を見て、半分の力を受け入れ、全員で帰る道を選んだ。


 エスペルが積み重ねてきたものが、ようやく一つにつながった。


「勇者じゃなくなったのか」


 エスペルが板を見る。


「困る?」


 タクミが聞く。


「少しだけ」


「じゃあ、今日は考えましょう」


「その前に、飯」


「はい」


 タクミは濃い方のスープを渡した。


 エスペルが飲み、今度は味を確かめてから笑う。


「うまい。塩が少し強いけど、今はこれがいい」


 その背後で、動きを止めたはずの黒い核が脈打った。



 細い光が前線の全員を通り越し、シィルヴィアだけへ伸びる。


 空気が、一瞬で凍った。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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