第97話 守る場所を選ぶ
召喚紋の暴走が止まった翌日、エスペルは勇者隊の前に立った。
重い白銀の鎧ではなく、普段の上着を着ている。
胸元の紋は残った。その上には、ノエルが休止命令の札を付けている。
「俺は、帰還研究を続けたい」
誰もすぐには拍手しなかった。
それでいい、とエスペルは続ける。
「帰りたい気持ちは変わらない。でも、今ここで守りたい人もいる」
ダグラスが腕を組む。
「勇者だからか」
「違う」
答えは早かった。
「一緒に戦って、一緒に飯を食って、帰ってきてほしい奴がいるから」
部隊の中で、誰かが鼻をすすった。
「泣くところじゃないだろ」
「勇者殿がまともなことを言ったので」
「エスペルだ」
「エスペルが、まともなことを言ったので」
今度は笑いが起きた。
ダグラスが新しい指揮規定を掲げる。
出動には本人の同意。
治癒師に休止権。
部隊ごとの撤退線。
帰還研究を理由とした隊内処分の禁止。
「これで、勇者一人がいなければ崩れる部隊を終わらせる」
エスペルは自分の名で署名した。
◇ ◇ ◇
午後、タクミとエスペルは裏庭で小鍋を洗った。
「一緒に帰るって、変な約束だな」
エスペルが水を切る。
「エスペルさんは別の世界へ帰るかもしれないのに」
「それでも、今の任務からは一緒に帰る」
「誰かを置いて、一人で終わらせない?」
「そういうこと」
二人は濡れた手を見比べて笑った。
「タクミも約束しろよ」
「僕も?」
「自分は炊事場にいるから安全、みたいな顔をするな。前線まで椀を持ってくる奴だろ」
「必要なら行きます」
「だからだよ」
「……分かりました。約束します」
そこへシィルヴィアが来た。
「何を約束したの」
「一緒に帰ることです」
タクミが答えると、青白い目がエスペルへ向いた。
「タクミは私と帰る」
「陛下、そういう話じゃ」
「同じ」
エスペルは笑いを堪える。
「じゃあ、全員で帰りましょう」
「それならいい」
リディが庭の入口で息を吐いた。
「陛下の許可が下りた。世界を救っても単独帰還は禁止だ」
その時、城壁の外で警鐘が鳴った。
一つではない。
北門。東門。市場の方角。
空を黒い雲が流れている。
伝令兵が駆け込んだ。
「帝都周辺で魔力災害を確認! 魔物化した群れが複数の街道から接近しています!」
オルガが地図を広げる。
赤い点は、帝都を囲むように並んでいた。
「封印が弱まった影響が、もう来た」
ノエルが駆け寄り、エスペルの脈を取った。
「異常が出たら、すぐ離脱してください」
ノエルは胸元の札を外す。
「分かった」
エスペルは誰にも命じられず、剣を取る。
「全員で帰るために、守る」
今度の声は、誰の期待も真似ていなかった。
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