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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第100話 友人の食卓

 帝都を囲んだ魔力災害は、完全には消えなかった。


 黒い核は、シィルヴィアとエスペルの力で封じられた。


 その内側にある祈りと魔力の流れは、まだ世界のどこかへ続いている。


 それでも帝都の門は開き、人々は帰った。


 兵は兵舎へ。


 商人は市場へ。


 治癒師は交代で眠り、厨房の火は朝まで残った。


 戦いから数日後、皇城の食堂には長卓が戻っていた。


 勇者の歓迎宴より、ずっと質素な食卓だった。


 根菜の煮込み。黒パン。薄い卵料理。あの日と同じ根菜のスープ。


 席にはタクミ、シィルヴィア、ミア、リディ、オルガ、ガレス、セレスティア、エスペルがいる。


 セレスティアは戦後協議のため、数日の移動を経て、昨夜、白い塔から帝都へ着いたばかりだった。


 ダグラスとノエルも、任務ではなく朝食として座った。


「勇者の席は、どこだ?」


 エスペルが尋ねる。


「なくなりました」


 リディが答える。


「職業が変わったから?」


「最初から席札が大げさだったので、外しました」


 長卓の隅には、《勇者エスペル・アストレア殿》と金で書かれた札が伏せてある。


 代わりに、タクミの隣へ普通の椅子が一脚あった。


「そこ」


 シィルヴィアが向かい側を指す。


「タクミの隣は?」


「ミア」


「反対側は?」


「私」


 リディが淡々と補う。


「席順は陛下が昨夜決定されました」


「公務?」


 エスペルが聞く。


「公務」


 タクミ以外の全員が、少しだけ笑った。


 食事の前に、イリスが新しい文書を読み上げる。


 勇者隊の指揮権は、エスペル本人とダグラスの共同承認へ変更。


 ノエルには正式な休止権。


 各国は代替防衛部隊を整備する。


 帰還研究は本人の同意と安全審査の下で再開する。


 そして鑑定に現れた固有職《帰路を拓く者》は、本人の意思に反する出動命令を受けない。


「召喚を成功と呼ぶなら」


 イリスが書面を閉じる。


「帰還を研究する責任も、私が引き受けます」


 エスペルはすぐに許すとは言わなかった。


「俺も入る。自分の帰る道だから」


「はい」


 謝罪だけで終わらず、仕事が始まった。


「その前に」


 エスペルが立ち上がる。


「今日は俺が一品作る」


 厨房から出てきたのは、焼きすぎた薄焼き卵だった。


 端は黒い。塩も少し多い。


 ガレスが一口食べる。


「火が強い。塩も多い」


「やっぱり」


「だが、次は直せる」


 ノエルも一口食べた。


「疲れている人には出せません」


「厳しいな」


「元気な私が食べます」


 ミアが小さく切り分ける。


「端は苦い。でも真ん中は好き」


「うまい、だけじゃない感想って、こんなに来るんだな」


 エスペルは笑った。


 歓迎宴の時より小さい。


 誰かを安心させるためではない笑い声だった。


 タクミも卵を口へ運ぶ。


「次は火を弱くしましょう」


「一緒に作ってくれる?」


「はい」


「私も」


 シィルヴィアが言う。


 リディがすぐにガレスを見る。


「厨房の予備を確認しておけ」


「失礼」


「陛下。まず卵を割るところからです」


「できる」


 シィルヴィアが卵を持つ。


 力加減を間違え、殻が小さく鳴った。


 全員が黙る。


「……次は直せる」


 エスペルの言葉に、食卓が笑いで満ちた。


◇ ◇ ◇


 食堂の外で、オルガは記録板を閉じた。


 黒い核の声は、術式として残っている。


 ――器を返せ。


 器が誰を指すのかは、まだ分からない。


 ただ、帝都の地下では、古い封印が一つ割れていた。


 闇の奥で、何かが《調理》の名を探している。


 扉の向こうから、エスペルの声がした。


「タクミ、次は焦がさないからな!」


「僕が火を見ます」


「信用がない!」


 笑い声と、食器の音が続く。


 期待から名前へ戻った青年には、もう帰る食卓があった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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