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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第95話 期待の鎖

 エスペルは、誰かに引かれるように廊下を進んだ。


 胸元から伸びる赤い光は、北の城門を指している。


『戦え』


『我らを守れ』


『勇者は退かない』


 声が増えるたび、足が速くなる。


 ノエルとダグラスが両腕を押さえても止められない。


 シィルヴィアが城門前へ氷壁を立てた。


「傷つけずに止める」


 近衛は剣を抜かない。


 氷壁へエスペルの拳が当たり、亀裂が走る。


「タクミ!」


 リディの声を背に、タクミは厨房へ走った。


 鍋に残る雑穀。干し肉。卵。


 エスペルと一緒に焦がした、あの炒め飯。


「料理で止めるつもりか」


 オルガが追いつく。


「止められません」


 タクミは火を強くした。


「でも、エスペルさんが自分で作った味なら、本人の場所が分かるかもしれません」


「料理は術式の鎖を切れない」


「はい」


「魂へ直接触れることもできない」


「分かっています」


 鍋の底で、雑穀が弾ける。


 焦げる直前の匂いを逃さず、卵を落とす。干し肉の塩を見て、追加の塩は使わない。


 完全な故郷の味ではない。


 二人で失敗し、笑った今の記憶だ。


 皿を持って城門へ戻ると、氷壁は半分砕けていた。


『勇者は戦う』


「エスペルさん」


 返事はない。


 赤い光の中で、彼の手が剣を探している。


 タクミは匙を差し出した。


「焦げています」


 エスペルの瞳が、わずかに動く。


「一緒に作った時より、たぶんひどいです」


『戦え』


「でも、塩は前より合っています」


 唇が開いた。


 匙が入る。


 味に触れた瞬間、タクミの中で反応が分かれた。


 剣を取れと急かす硬い声。


 帰りたいと泣く若い声。


 その間に、焦げた匂いを覚えている場所がある。


 笑った。


 失敗した。


 次は自分で作ると言った。


 誰にも与えられていない、エスペル自身の記憶だった。


 タクミはそこから目を離さない。


 料理が鎖を切るのではない。


 本人の輪郭が、鎖の中で消えないようにする。


「今、何をしたいですか」


 召喚紋がひび割れるように明滅した。


 エスペルの手が剣へ伸びる。


 刃が抜かれた。


 近衛が身構える。


 けれどエスペルは誰にも向けず、城門の石畳へ深く突き刺した。


「……俺は」


 両手で柄を握り、引かれる身体を自分の剣で止める。


「俺は、ここから行かない」


 赤い光が剣を伝い、石畳へ散る。


『世界を守れ』


「守る場所は、俺が選ぶ」


 期待に従う剣が、初めて期待の鎖を地面へ縫い止めた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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