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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第94話 所有される勇者

 連合の通達は、丁寧な言葉で書かれていた。


 世界が不安定な時期に、勇者の帰還を試みることは許されない。


 研究停止は本人を守るための一時的な措置である。


「一時的」


 リディが紙を畳む。


「期限も、解除条件もない」


 その日の会議には、アルディア王国のレオンも魔術通信で加わった。


 彼は通達を読み終えると、いつものように手袋を整える。


「現行条約では、召喚された勇者を召喚国の戦力資産として扱います」


 エスペルは俯いた。


 初めて聞いた顔ではなかった。


「人を所有物にする条約は認めない」


 シィルヴィアの声で、室内の温度が下がる。


「しかし皇帝陛下。勇者殿の働きで救われた国は多い」


「感謝と所有は違う」


「彼が帰れば、次の災害は」


「各国で守る」


「理想論です」


 ダグラスが地図を開いた。


「前回、半分の勇者と帝国・王国の兵で勝った。補給と交代を整えれば、同じ形は増やせる」


「時間がかかる」


「だから今日から始める」


 レオンが通信板の向こうで頷く。


「王国は帝国の提案を支持します。帰還研究の安全基準、本人の同意、代替防衛網の整備を条約条件へ加えるべきです」


「本人が帰還を望んでいる証拠は?」


 使者の問いに、エスペルの肩が固くなる。


 タクミは口を出さなかった。


 代わりに、彼の前へ水を置く。


 エスペルは器を両手で持ち、顔を上げた。


「俺が望んでいます」


 公の場で、初めて言った。


「帰る方法を探したい。今いる人を見捨てたいわけじゃない。でも、帰りたい気持ちまで国のものにはできない」


 使者たちの前に沈黙が落ちる。


 シィルヴィアが文書へ署名した。


「帝国領内で帰還研究を継続する。異議は外交文書で受ける」


「陛下」


「人を資産と書いた条約の方を、先に直して」


 会議は終わらなかった。


 けれど、帝国は研究を止めないと決めた。


◇ ◇ ◇


 夜、エスペルは客室でタクミと食事をした。


 薄い卵と、焼いたパン。


「俺、ここにいていいのかな」


「エスペルさんが決めることです」


「またそれ」


「大事なので」


「今日、自分で言ったら、足が震えた」


「座ってたから分かりませんでした」


「そういう意味じゃない」


 エスペルが笑った。


 次の瞬間、胸元の召喚紋が赤く燃え上がる。


 椅子が倒れた。


 彼の身体が、扉の方へ引かれる。


『北部へ向かえ』


 重なった声が部屋へ響く。


 物音を聞きつけたノエルが駆け込み、腕を掴む。


 それでも足は止まらない。


 窓の外で、遠い警鐘が鳴り始めていた。


 自分の望みを口にしたエスペルを、古い術式が動かそうとしていた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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