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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第90話 開かない記録

 地下の扉は、二人を待っていた。


 シィルヴィアが手をかざすと、青白い光が封印の縁を走る。


 エスペルが近づけば、胸元の召喚紋が赤く反応した。


 二つの光は中央で触れた。


 扉は開かない。


 代わりに、石壁の内側で何かが軋んだ。


「離れろ」


 オルガが二人を下げる。測定具の針が振り切れていた。


「封印は二人を鍵として認識している。今開けば、内部に溜まった魔力が一気に流れ出る」


「記録があるんだろ」


 エスペルは扉を見た。


「俺が読めるかもしれない」


 表面の文字は、彼の世界の字に似ているという。


「……かえ、る」


 指で形を追う。


「いや、戻す。器。固定……全部は読めない」


 その瞬間、シィルヴィアが壁へ手をついた。


 息が浅い。


 タクミは文字ではなく、彼女の方へ行った。


「外へ出ましょう」


「まだ何も分かっていない」


「分かります。でも、今じゃないです」


「私の記録かもしれない」


 指が石壁を掴む。


 ここで何をされたのか。


 なぜ閉じ込められたのか。


 知りたいのは、誰より彼女だ。


 それでもタクミは、上階を指した。


「スープ、まだ温かいです」


 答えにはなっていない。


 シィルヴィアは目を閉じ、一度だけ息を整えた。


「……戻る」


 リディがすぐ肩へ外套を掛ける。


 エスペルも扉から手を離した。


「俺だけ残って読む」


「駄目だ」


 ダグラスが言う。


「お前も鍵だ。勇者殿ではなく、エスペル。状態を報告しろ」


 呼び方を直された青年が、胸元を押さえる。


「少し熱い。あと、声が近い」


「撤収する」


 判断は早かった。


◇ ◇ ◇


 上階へ戻ると、煮込みはまだ湯気を残していた。


 シィルヴィアは一口ずつ飲む。呼吸が落ち着くまで、オルガは地下の話をしなかった。


 タクミも聞かない。


 椀が半分空いた頃、エスペルが向かいへ座った。


「俺にも、それある?」


「あります」


「勇者の分は?」


「同じです」


「陛下と同じ椀?」


 シィルヴィアが顔を上げる。


「別の椀にして」


「料理は同じですよ」


「椀を」


 エスペルは笑いを堪えながら、自分で別の椀を取った。


 封印庫は閉じたままにする。


 オルガは監視術式を置き、封印庫内の記録には手をつけないよう命じた。

 持ち帰るのは、扉の表面の文字を写した紙だけにした。


「開けないことも、調査だ」


 イリスはその言葉を記録した。


 離宮を出る前、エスペルが扉の写しを折り畳む。


「戻す。帰る。世界。この三つは、たぶん合ってる。器と固定は、まだ自信がない」


「十分です」


「タクミも、何か思い出しかけてたろ」


「……たぶん」


 その先は言えなかった。


 馬車が門を出る時、地下からかすかな音が響いた。


 誰かが、鍋の蓋を閉じるような音だった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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