第88話 魔物の中の祈り
皇城へ持ち帰った魔物の核は、測定室で三日間、光り続けた。
オルガは白い塔の記録と各地の魔力濃度を重ね、紙の上へ赤い点を増やしていく。
イリスが核へ召喚式の針を近づけると、エスペルの胸元もかすかに光った。
「同じ術式ですか」
タクミが聞く。
「一部だけだ。召喚式そのものではない」
オルガは断定を避けた。
「救われたい。守ってほしい。失いたくない。そういう願いと、行き場を失った魔力が絡んでいる」
「祈りが魔物になった?」
「そこまで単純なら、祈ることをやめれば済む」
祈りの鏡の向こうで、セレスティアは核から目を離さない。
「私の祈りも、誰かを苦しめるのでしょうか」
「だから、分けたんです」
タクミが言う。
「セレスティアさん一人に、全部集めないように」
自分が何をしたのかを言葉にするより、白い塔の朝食を思い出す。
祈りの前に食べる人。
倒れる前に止める人。
救う側にも、休む時間を置いた。
「祈りが悪いかどうかは、僕には分かりません。でも、誰か一人に溜めない方がいいと思います」
セレスティアは胸へ手を置いた。
「はい。これからも、分けます」
オルガが地図を回す。
「発生地点には偏りがある。古い観測施設、戦場跡、封印の近く」
赤い点は、人が大きな願いを託した場所と重なっていた。
「流れずに残った祈りが、魔力の淀みへ形を与えている可能性がある」
「誰かが利用しているのでは」
リディが問う。
「その可能性も残す。だが、人間の敵一人を探して終わる話ではない」
オルガの指が、帝都北東の一点で止まった。
シィルヴィアの手が机の端を掴む。
「そこは」
リディが息を飲んだ。
「陛下が幼少期を過ごした離宮です」
シィルヴィアは地図を見たまま答える。
「閉じ込められていた場所」
声は変わらない。
けれど、指先の血の色が薄い。
タクミは文字を見た。
知らないはずの匂いがする。
濡れた薪。冷えた石。冷めた椀の底に残る、薄い粥。
胸の奥が小さく痛んだ。
「行きましょう」
シィルヴィアが初めて彼を見る。
「急がなくていい」
「急がないなら、なおさらです」
タクミは地図から顔を上げた。
「一人で行かない方がいいです」
「私の過去」
「はい」
「あなたには関係ない」
言われた言葉より、机を掴む手を見る。
「放っておけないので」
シィルヴィアの指が、少し緩んだ。
「それは、料理人の仕事?」
「たぶん違います」
リディが小さく咳をした。
シィルヴィアはしばらくタクミを見ていた。
「……分かった。一緒に来て」
地図の上で、赤い点は静かに増え続けていた。
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