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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第87話 半分の勇者

 帝都を発った日の夕方、一行は北部国境の砦に着いた。

 王国騎士と合流し、砦の外で一夜を明かした。

 翌朝、夜明け前の野営地で、タクミは小鍋を三つ並べた。


 一つは塩の強い携帯スープ。一つは固く焼いた小さなパン。もう一つには、乾燥果実をぬるま湯で戻してある。


「戦う前から、帰った後の用意ですか」


 王国騎士の一人が聞く。


「帰ってから作ると遅いので」


「縁起でもない顔をするな」


 リディが騎士の肩を叩いた。


「こいつは帰るのが前提だ」


 タクミは頷く。


「急いで飲めるものと、噛めるものを分けます。汗が多い人はこっち。吐き気があるなら、水から」


 ダグラスは鍋と補給箱を見比べた。


「休止ごとに班を入れ替える。食事を取れない者は次へ出すな」


 以前なら、勇者が前へ出ている間、他の兵は追うだけだった。


 今朝は違う。


 帝国の槍が左翼。王国の盾が右翼。エスペルは中央で、霧の動きと地面の振動を見ている。


「来るぞ」


 角のある獣が、霧を割った。


 数は三十を超える。


 エスペルの剣が抜かれた。胸元の召喚紋は、以前より淡い。


「右の三体を引きつける。帝国槍隊は左へ。リディさん、中央の穴を頼む!」


「言われなくても」


 リディが短剣を抜く。


 エスペルの一撃は、これまでの半分にも見えた。


 一体を倒す。


 二体目は倒しきれない。


 その横から帝国兵の槍が入り、王国騎士の盾が突進を受ける。


 勇者の足りない半分を、誰か一人が埋めたのではない。


 周りの全員が、少しずつ埋めている。


 獣の群れが一度退いた時、エスペルは追わなかった。


「戻る!」


 勇者が撤退を告げる。


 一瞬、兵の足が鈍った。


「聞こえなかったか!」


 ダグラスの声が飛ぶ。


「帰れる形で勝つ! 第一陣、後退!」


 野営地へ戻った兵たちは、湯気の立つ椀を受け取った。


 手が震える者にはタクミが水を渡す。口の中を切った兵にはパンを渡さない。ノエルが脈を取り、次に出られる者の肩へ布を結ぶ。


「俺は?」


 エスペルが椀を受け取りに来た。


「座ってください」


「まだ動ける」


「なら、座れます」


 周りの兵から笑いが漏れた。


 エスペルは渋々腰を下ろし、塩の強い汁を飲んだ。


「帰ったら、もっと濃いのって言ったけど」


「汗の量を見て変えました」


「俺の希望は?」


「身体と相談です」


「勇者より強いな、料理人」


 二度目の出撃では、エスペルは仲間の名を呼んだ。


 傷ついた者を後ろへ送り、盾が崩れる前に交代させる。


 最後の一体を倒したのは、エスペルの剣だった。


 その刃が核を割るまで、帝国の槍と王国の盾が一本も途切れなかった。


 静かになった戦場で、ダグラスが周囲を見渡す。


 死者はいない。


 重傷者もいない。


「帰れる形で勝った」


 その一言に、兵たちが剣と盾を打ち鳴らした。


 エスペルはしばらく立ち尽くし、やがて笑った。


 大きな勝ち鬨ではない。


 隣にいる仲間へ向けた笑顔だった。


 討伐後、オルガが魔物の核を布で包む。


 黒い石の内側で、白い光が脈打っていた。


 核を祈りの灯りへ近づけた途端、白い塔からセレスティアの声が届いた。


「これ……あの塔で聞いた祈りと同じです」


 勝利の音が止んだあとも、核だけが助けを求めるように震えていた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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