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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第84話 魂のずれ

 地下の測定室に、食卓が一つ置かれた。


 魔術具ばかりの部屋には似合わない、古い木の卓だった。


「食事の時に起きるなら、食事の時に見る」


 オルガの指示で、エスペルの正面にタクミが座る。


 隣にはノエル。少し離れた祈りの鏡には、白い塔のセレスティアが映っている。勇者召喚の主任術師イリスは、片眼鏡型の測定具を調整していた。


 彼女の指先には、召喚陣を描いた銀粉が染みついている。


「昨夜の発声は、本人のものではありません」


 イリスが言う。


「召喚契約に残る複数の祈念が、発声器官を使いました」


「悪霊か」


 リディが聞く。


「いいえ。彼を戦わせ、守り、強くするために組み込まれた術式です」


「守るものが、本人の口を奪った?」


 イリスは答える前に、エスペルを見た。


「結果としては」


 セレスティアが両手を膝の上で重ねる。


「私が祈りに触れると、たくさんの声がします。勝ってほしい。帰らないでほしい。自分たちを守ってほしい」


「祈りが召喚紋へ積もっている」


 オルガが記録へ書く。


「勇者補正、戦闘命令、歴代の祈念。肉体と魔力は耐えているが、魂だけが自分の声を出しにくくなっている可能性がある」


 タクミは、白い粥を置いた。


 香りを強くしない。誰かの故郷を真似る料理にもしていない。


「一口だけでいいです」


 エスペルが頷き、匙を口へ運ぶ。


 温度はちょうどいい。穀物の甘みも、塩も、身体には届いている。


 それなのに、タクミの胸の奥で、味が二つに分かれた。


 一つは、温かいものを飲んで安心した青年の反応。


 もう一つは、その安堵を押しのけ、食べろ、立て、剣を取れと急かす硬いもの。


 同じ身体の中にある。


 けれど、混ざってはいない。


「……エスペルさん」


 名前を呼ぶと、視線が来た。赤い紋は薄く光っている。


「今、何が食べたいですか」


 オルガが顔を上げる。


「質問を変えたな」


「食べた時の感じと、紋が光った時の感じが違います」


「感じ、とは」


 イリスが測定具を向ける。


「うまく言えません。でも、食べたいと思った方は、エスペルさんの近くにあります」


 言葉にすると、指の隙間からこぼれそうだった。


「もっと食べろって急かす方は、外側です。たぶん」


 周囲が黙る。


 イリスは笑わなかった。すぐ測定紙を交換する。


「もう一口。今度は、本人が味を選んでください」


 エスペルは粥を見た。


「……甘くない、温かいのがいい」


「これは?」


「少し塩が足りない」


 タクミは塩を一粒ずつ足した。


「ここ」


 エスペルが止める。


 その匙を口へ運ぶと、赤い紋の光が弱くなった。


 イリスの測定具から、二つの音が鳴る。


「本人の反応と術式の反応が、別々の波形で出ています」


 オルガの筆が止まった。


「料理で魂を直したわけではない」


「はい」


「だが、本人が選んだ反応だけを見分けた」


 タクミは、まだ半分残る椀を見た。


「見つけただけです」


 セレスティアが胸元へ手を当てる。


「見つけなければ、祈りと本人を一緒に止めていました」


 イリスは銀粉の残る指を握った。


 扉の外から、軍靴の音が近づく。


「報告します」


 入ってきたダグラスは、頭を下げたまま告げた。


「北部国境で魔物群の移動を確認。勇者の出動を前提に、防衛線が組まれています」


 エスペルの前で、選んだばかりの一匙が止まった。


「勇者の力を止めるなら」


 ダグラスが顔を上げる。


「今度は、国境が崩れます」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今日の一皿はいかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。

また次の一皿で、お会いしましょう。

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