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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第6章 英雄の料理人と、勇者ではない彼

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第81話 勇者の食事

 白い塔を発って数日後。


 帝都の皇城厨房では、勇者を迎える料理が次々と仕上がっていた。


 ――召喚勇者エスペル・アストレア。肉体に明確な異常なし。魔力量、循環とも許容範囲。魂反応のみ不安定。


 出発前に読んだ報告の写しを、タクミは作業台へ置いた。


 焼いた鶏肉。根菜の煮込み。魚の香草焼き。蜂蜜を塗った焼き菓子。


 どれも、ガレスが選んだ帝国の自慢だった。


「紙を見ても、魂の腹具合は分からん」


 ガレスが鶏肉へ最後の塩を振る。


「まず食わせろ。ただし、皿だけを見るな」


「はい」


 大食堂の長卓には、端が見えないほど皿が並んだ。


 その中心で、エスペルはよく笑っていた。


 黒に近い焦げ茶の髪。白銀の鎧は椅子の背に掛け、簡素な上着のまま座っている。それでも周囲は、彼が匙を取るたびに息を止めた。


「帝国の料理はいかがですかな」


「うまいです。すごく」


 鶏肉を食べる。


「うまい」


 根菜の煮込みを口へ運ぶ。


「これもうまい」


 魚にも、焼き菓子にも、同じ言葉を返した。


 皿は空になる。杯が上がり、使者たちが満足そうに笑う。


 タクミは配膳台の陰で、持っていた盆を置いた。


 食べる前に、エスペルの指が必ず一度止まる。


 味を待っているのではない。


 周りが望む答えを探しているように見えた。


「食わせるのが早すぎる」


 隣でガレスが低く言う。


「でも、全部食べてます」


「食えることと、食わせていいことは別だ」


 次の大皿が運ばれようとした時、小柄な治癒師が椅子の横へ立った。


「ここまでです」


 勇者隊専属の治癒師、ノエル・バースだった。


「まだ平気だよ」


「平気かどうかを、あなたの笑顔だけで決めるのはやめました」


「怖いな、帝国の治癒師は」


「私は教団から来ました」


「もっと怖い」


 周囲に小さな笑いが起きた。


 けれどエスペルは、止められたことに安堵したように匙を置いた。


 向かいに座るシィルヴィアが、その手を見ていた。


「タクミ」


「はい」


「勇者の食事は、終わり?」


「今日は、たぶん」


「では、残りは私が食べる」


 リディがすぐに口を挟む。


「陛下。残りは十二皿あります」


「タクミの料理」


「量の問題です」


 エスペルが初めて、相手を安心させるためではない笑い方をした。


「皇帝陛下も大変なんだな」


「何が」


「いや。何でも」


 宴が散り始めたあと、タクミはほとんど減っていない薄い汁の椀に気づいた。


 肉もパンも空なのに、それだけが残っている。


 脂も香辛料も少ない。これなら少しは飲みやすいかと思って、用意したものだった。


 報告書には、肉体も魔力も正常とある。


 それでも何かが届いていない。


 タクミが椀を持ち上げた時、食堂の外から急いだ足音が来た。


「タクミさん」


 ノエルだった。白い外套の裾が濡れている。


「来てください。今すぐ」


 案内されたのは、客室へ続く回廊の突き当たりだった。


 扉の向こうで、水を吐く音がする。


 ノエルが握っていた記録板には、時刻と皿の数が細かく書かれていた。


「毒も、食材の相性も調べます。でも、その前に」


 苦しげな咳が響く。


「宴で食べたものを、全部吐きました」


 空になったはずの皿だけが、タクミの頭に残った。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今日の一皿はいかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。

また次の一皿で、お会いしましょう。

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