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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第5章 異端の料理人と、名前を失った聖女

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第80話 セレスティアの朝

 翌朝。


 祈りの鐘より先に、食堂の扉が開いた。


 白と金の聖衣ではない。


 生成りの服。


 長い髪も、冠ではなく簡単な紐でまとめている。


「おはようございます」


 セレスティアが言った。


 教団の料理人が一瞬固まる。


「聖女様」


「今日は、朝食のあとに祈ります」


「はい」


「それと」


 セレスティアは席へつく前に、少し迷った。


「この食卓では、セレスティアと呼んでください」


 料理人の女性が目を丸くする。


「……セレスティア様?」


「様は、まだ取れませんか」


「そこは少しずつで」


 タクミが言う。


 セレスティアが笑った。


「では、少しずつ」


 朝食は豆と卵の薄いスープ。


 焼いたパン。


 炒った木の実を少し。


 タクミ一人の鍋ではない。


 教団厨房が決めた献立を、皆で食べる。


 セレスティアは最初の鐘が鳴っても立たなかった。


 一匙食べる。


 二度目の鐘の前に、パンを半分食べる。


「今日の祈りは?」


 ラウルが確認する。


「二件。途中で一度休みます」


「承知しました」


「倒れる前に止めてください」


「次からは、ではなく」


 ラウルは一度息を吸った。


「今日から止めます」


 セレスティアが頷く。


◇ ◇ ◇


 白い塔の地下では、扉の鍵が外されていた。


 すぐ全員を外へ出すわけではない。


 帰る場所がない子。


 外へ出れば狙われる子。


 家族確認が必要な子。


 それぞれ違う。


 だから、保護院への再編から始める。


 教団外の監督者。


 外部医師。


 本人が拒否できる検査。


 名前の確認。


 番号は記録番号として残しても、呼び名には使わない。


 七十二番と呼ばれていた少女は、まだ自分の名前を知らなかった。


「決めてもいいの?」


 少女がミアへ聞く。


「急がなくていいよ」


 ミアは木のスプーンを見せた。


「私は、ミア」


「昔の名前は?」


「あるみたい」


「戻すの?」


 ミアは少し考えた。


「今はいい」


 封書はまだ開けていない。


「帰る時も、ミア?」


「うん」


 タクミたちの方を見る。


「ミアで帰る」


 タクミが頷く。


「帰ろう」


 少女がその会話を聞いていた。


「私も、あとで決める」


「うん」


 誰も急がせなかった。


◇ ◇ ◇


 出発前。


 荷物を積むタクミの隣へ、リディが来た。


「忘れ物は」


「たぶん、ないです」


「たぶんをやめろ」


「確認します」


 タクミは包丁箱をもう一度開ける。


 布。


 砥石。


 木べら。


 全部ある。


 少し離れたところで、シィルヴィアがセレスティアと最後の文書を確認していた。


 もう手は冷えていない。


「リディさん」


「何だ」


 昨日より、言葉は簡単に出た。


「シィルヴィアを守りたいです」


 リディは一度だけ、シィルヴィアを見る。


「そうか」


「本人には、まだ言いません」


「今言えば、近衛が増える」


「どうしてですか」


「知らん」


 リディは荷箱を閉じた。


「行くぞ」


 馬車が白い塔を離れる直前、一羽の伝令鳥が降りた。


 教団の新しい祈り網から届いた、最初の異常報告だった。


 セレスティアが封を開く。


 オルガが横から読む。


「召喚勇者?」


 タクミが聞く。


 報告は短い。


 ――召喚勇者エスペル・アストレア。


 ――肉体に明確な異常なし。


 ――魔力量、循環とも許容範囲。


 ――にもかかわらず、祈り網との接続時に《魂反応》のみ不安定。


 タクミは最後の一行を二度読んだ。


 白い塔へ来る前、初めて「器」という言葉を見た時と、よく似ていた。


「魂だけ?」


 オルガが紙を受け取る。


「肉体と魔力では説明できない。なら、次はそこを見る」


 白い塔が遠ざかる。


 その前で、自分の朝を選び直したセレスティアが、小さく手を振っていた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 今日の一皿はいかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。

また次の一皿で、お会いしましょう。

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