第79話 好きな人の役割
「あなたも、役割にされている」
セレスティアの言葉に、シィルヴィアはしばらく答えなかった。
「皇帝だから?」
「それも」
「氷血だから?」
「それも」
夜の廊下は静かだった。
白い塔の鐘も、今は鳴っていない。
「怖がられますか」
「慣れている」
「期待されますか」
「慣れている」
「平気ですか」
そこで、返事が止まった。
セレスティアは少しだけ笑った。
「その答え方、私もしていました」
「似てない」
「そうでしょうか」
シィルヴィアは否定を続けなかった。
「一つ、聞いても?」
「何」
「タクミさんは、恩人ですか」
「そう」
「料理人?」
「そう」
「大切な人?」
「そう」
返事は変わらない。
「好きな人?」
今度だけ、間が長かった。
セレスティアは待つ。
「手放すつもりはない」
答えになっていないようで、十分だった。
「彼の意思よりも?」
「それは違う」
今度は早い。
「行くと言えば?」
「止めたい」
「止めますか」
「……行く理由を聞く」
「それでも行くと?」
シィルヴィアは窓の外を見る。
「近衛を増やす」
セレスティアが吹き出した。
「そこですか」
「重要」
「リディさんが大変ですね」
「慣れている」
その言葉だけは、たぶん本当だった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、タクミは厨房で翌朝の下ごしらえを手伝っていた。
豆を水へ浸す。
パンを切る。
戻ってきたリディが壁にもたれた。
「まだやるのか」
「これで終わりです」
「昨日も聞いた」
「昨日は本当にあと少しでした」
「今日は?」
「今日は、昨日より本当です」
「信用が減った」
タクミは包丁を置いた。
手を洗う。
「リディさん」
「何だ」
「シィルヴィアって、ずっとああなんですか」
「どのあたりだ」
「自分のことより、人のことを先に決めるところ」
リディの目が少し動く。
「陛下に限らん」
「そうですけど」
今日の冷たい手を思い出す。
能力を見られても平気だと言う顔。
セレスティアを役割から守った時の声。
タクミは濡れた手を布で拭いた。
「放っておけない、だけじゃない気がします」
リディは何も言わず待った。
「この人を」
言葉が途中で止まる。
まだ本人へ言える形ではない。
「……守りたい、のかも」
リディの眉がほんの少し上がった。
「そうか」
「まだ、分からないですけど」
「なら、分かるまで勝手に決めるな」
「はい」
廊下へ出ると、セレスティアが待っていた。
「タクミさん」
「はい」
「一つだけ、お願いします」
「何ですか」
セレスティアは、シィルヴィアが去った方を見る。
「彼女を、役割だけで見ないでください」
タクミは少し考えた。
「皇帝だから大丈夫、とか」
「はい」
「氷血だから平気、とか」
「はい」
今日、自分が温めた手を思い出す。
「分かりました」
それ以上の言葉は、まだなかった。
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