第78話 氷血の違和感
「今のは」
オルガの言葉に、誰もすぐ答えなかった。
祈りの光はすでに消えている。
術式は壊れなかった。
治癒師も倒れていない。
残ったのは、シィルヴィアの指先から落ちる白い霜だけだった。
「凍らせた?」
タクミが聞く。
「分からない」
シィルヴィアが答える。
「冷たくした感覚はある」
「術式そのものに温度はない」
オルガが測定板を拾う。
「変化を止めたように見えた」
セレスティアが薄紫の瞳を細める。
「祈りが流れなくなったのではなく、崩れるのを待っていたような」
「同じ印象だ」
オルガはすぐ書き始める。
「だが、ここから器へ結びつけるな」
ユリウスが古い記録へ目をやる。
――氷の固定体質。
「関連は」
「未確認だ」
オルガの声が鋭くなる。
「似た言葉が一つあるだけだ。人間を記録の穴へ押し込むな」
タクミは測定板ではなく、シィルヴィアの手を見た。
白い。
いつもより冷えている。
「手、貸してください」
「なぜ」
「冷たいです」
「私が?」
「はい」
シィルヴィアは少しだけ不思議そうな顔をした。
タクミは厨房から持ってきた温かな布を手のひらへ当てる。
「熱い?」
「平気」
「嫌なら言ってください」
「嫌じゃない」
リディが視線を外した。
ミアも外した。
「なんで二人とも向こう見るの」
「公務の邪魔をしないためです」
「今、公務ですか?」
「陛下に聞いてください」
「公務」
シィルヴィアが即答した。
タクミは少し考えてから、布の端を直した。
「じゃあ、終わるまで温めます」
オルガが筆を置いた。
「そこは記録しなくていい」
測定の結果、シィルヴィアに外来性の魔力残滓は見られなかった。
セレスティアの時のような、複数の波も出ていない。
代わりに、魔力と身体の反応値がほとんど動いていなかった。
タクミは測定紙を覗き込んだ。
「数値がほとんど動いてない、ってことですか」
「そうだ。理由はまだ分からん」
オルガは記録へ書く。
――本人由来。外来負荷なし。状態変化が小さい。
その下に大きく一行。
――器との関連、判断保留。
「今の測定だけでは、これ以上は分からない」
「じゃあ、今は?」
「分からない、と記録する」
タクミは分からないまま頷いた。
今は、シィルヴィアの手が温かく戻った方が大事だった。
◇ ◇ ◇
夜。
セレスティアはシィルヴィアを一人で呼び止めた。
「陛下」
「何」
「今日、皆があなたの力を見ていました」
「見ればいい」
「能力として?」
シィルヴィアの目が少し細くなる。
セレスティアは微笑まなかった。
「私には、分かります」
「何が」
「あなたも」
一拍置く。
「役割にされている」
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