第77話 支える側を支える
倒れた治癒師は、意識を失ってはいなかった。
「魔力の使いすぎです」
イレーネが脈を確認する。
「私の配分ミスです」
「違う」
若い治癒師が起きようとする。
「私が、まだ――」
「起きない」
イレーネが肩を押さえた。
「失敗したのは手順です。あなた一人にしません」
セレスティアはその横で立ち尽くしていた。
「私が戻れば」
「戻らない」
今度はオルガだった。
「元へ戻すだけなら、何も学べない」
「でも」
「まず倒れた者を見る」
タクミは厨房へ走った。
治す料理は作れない。
だから、飲めるものを作る。
常温に近い麦湯。
少量の塩。
薄い豆の汁。
若い治癒師は最初の一口を飲んだ。
そこで、タクミの中に輪郭が浮かんだ。
以前より、はっきりしている。
「……足りない」
「何が」
オルガがすぐ来る。
「本人の魔力は、減ってます」
「測定でもそうだ」
「でも、セレスティアさんの時みたいな混ざり方とは違う」
タクミは言葉を選ぶ。
「この人自身が使い切った方が大きいです」
「外からの負荷は」
「少しあります。でも、それより自分の消耗」
もう一口。
呼吸が少し落ち着く。
生命力が増えたわけではない。
傷が治ったわけでもない。
ただ、身体が自分の残っている力で戻ろうとする動きが、前より分かる。
「ここまでは本人」
タクミは胸元から腕へ指を動かした。
「こっちは、引き受けたもの」
オルガは測定紙と見比べる。
しばらくして、低く言った。
「魔力循環だけではない」
「はい」
「お前は、生命が自分の状態を保とうとする輪郭まで見始めている」
タクミは若い治癒師を見る。
「でも、増やせないです」
「増やしていない」
オルガは短く答えた。
「誰のものか。何が不足か。何が外から重なったか。お前が分かるのは、そこまでだ」
「治せるかは別」
「別だ」
イレーネが頷く。
「なら、休ませます。補水。食事。魔力回復は自然回復を待つ」
治癒師を寝台へ運ぶ。
タクミの料理は、奇跡の代わりにはならなかった。
その代わり、何をしなくてよいかが分かった。
◇ ◇ ◇
手順はその日のうちに変えられた。
一人あたりの負荷上限。
二件ごとの交代。
治癒前後の飲水。
食事を抜かない。
異常を感じた本人が止められる合図。
「聖女様だけでなく、全員に適用します」
イレーネが言う。
「支える側まで倒れたら同じです」
二度目の試験は、小さな治癒だけに絞った。
光が分かれる。
今度は誰も膝をつかない。
セレスティアの顔色も崩れない。
二件を終え、交代に入る前に、彼女が手を上げた。
「止めます」
鐘が鳴る前だった。
ラウルが驚いて時計を見る。
「予定では、あと一件」
「今日は、ここまでにします」
セレスティアが自分で言う。
「理由は?」
イレーネが聞く。
「胸が重いです」
「承知しました」
誰も説得しなかった。
その瞬間、残っていた祈りの光がわずかに揺れた。
術式の輪郭が崩れかける。
シィルヴィアが反射的に手を伸ばした。
冷気が走る。
光が、止まった。
消えたのではない。
崩れかけた形のまま、一瞬だけ固定された。
オルガが立ち上がる。
「今のは」
シィルヴィア自身も、自分の手を見ていた。
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