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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第5章 異端の料理人と、名前を失った聖女

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第75話 女神の器

 対象名のない一行は、翌日も空白のままだった。


 オルガはそこへ推測を書かなかった。


「器の定義から先に聞く」


 会議には、マルセルとユリウス、それにグレゴリウスも残った。


 マルセルが古い記録を開く。


「女神の器とは、女神の力を一時的に降ろすための受容体です」


「人を、入れ物にする?」


 タクミが聞く。


「古い制度上は、そう表現されます」


 ミアの眉が寄る。


「嫌な言い方」


「同感だ」


 オルガが答えた。


 マルセルは続ける。


「適性は魔力量だけでは決まりません。大きな力を受けても、肉体と生命活動が崩れないこと。魔力循環が破綻しないこと。古い記録では、さらに『魂の安定』という項目があります」


「魂?」


 タクミは聞き返した。


「言葉は知っているだろう」


 オルガが言う。


「死者の魂、召喚術の魂。概念としてはな」


「測れるんですか」


「私は測れない」


「教団は?」


 マルセルが首を振る。


「当時も、間接的な反応を適性と呼んでいただけです」


「じゃあ、分かってない」


「はい」


 その返事だけは、早かった。


 タクミは記録へ目を落とす。


 生命。


 魔力。


 魂。


 同じ欄に並んでいる。


 けれど、自分が分かるのは最初の二つの境目までだ。


 食べた人の身体が戻ろうとする動き。


 本人の魔力と、外から混ざった負荷。


 魂と言われても、何も見えない。


「僕の料理で、器になれたりします?」


「させない」


 シィルヴィアの返事が早すぎた。


 タクミが見る。


「僕が、じゃなくて」


「誰も」


「……はい」


 リディが小さく息を吐く。


「話を戻しましょう」


 グレゴリウスはシィルヴィアを見たが、何も言わなかった。


「では、私は?」


 セレスティアが尋ねた。


「聖女は器候補ではないのですか」


 マルセルは少し迷った。


「候補として観測された時期はあります」


 セレスティアの指が重なる。


「結果は」


「完全な器ではありませんでした」


 部屋の空気が止まる。


 タクミは、彼女の顔を見る。


 落胆なのか安心なのか、分からない。


「では、私の力は何なのです」


 答えたのはユリウスだった。


「祈りを集め、治癒師へ渡す」


 イレーネが続ける。


「他人の治癒を、自分一人で代わりにやる力じゃない」


 オルガが昨日までの測定紙を並べる。


「一人に溜め続ければ負荷が残る。複数へ繋いで減らせるかは、これから確かめる」


 セレスティアが紙を見る。


「私が、弱かったから器になれなかったのでは」


「逆かもしれません」


 タクミが言った。


「違う役目を、同じ形にしようとしてた」


 セレスティアの目が上がる。


 マルセルは古い記録の末尾を開いた。


 そこには、後年の注記があった。


 ――降臨適性、不十分。


 ――祈祷連結適性、極めて高い。


「あなたは、器ではありません」


 マルセルが言う。


「少なくとも、記録上のあなたは」


 一度、言葉を選ぶ。


「中継者に近い」


 セレスティアは長くその字を見た。


 失敗の記録だと思っていた欄が、初めて別の役割に見え始めていた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今日の一皿はいかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。

また次の一皿で、お会いしましょう。

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