第74話 教団を壊さない改革
「明日の施療院を残すために、今日の間違いを隠さない」
翌日の会議は、教団を解体する話にはならなかった。
施療院。
孤児院。
巡礼者の宿。
地方の治癒師。
白い塔だけを壊せば、その全部が一緒に止まる。
「では、何を変える」
グレゴリウスが問う。
ユリウスが紙を一枚ずつ置いた。
「器候補の番号管理を停止」
一枚。
「危険術式は恒久凍結。それ以外の観測にも、教団外の監督と本人の同意を必須とする」
二枚。
「地下施設は閉鎖ではなく、外部保護者を入れた保護院へ再編」
三枚。
「治癒は聖女へ集中させず、難度別に分担。食事、休息、治癒後の負荷を記録する」
イレーネが自分の名を書き足す。
「現場責任は私が持ちます」
ラウルも続く。
「聖女様の予定に、休息時間を固定します」
セレスティアが首を振った。
「固定ではなく、私が決めます」
ラウルが一瞬止まる。
「……はい」
紙の表現を直す。
――本人確認の上、休息時間を確保。
シィルヴィアは最後に一枚置いた。
「外部監督は帝国だけにしない」
「他国を入れると?」
「教団と利害の異なる複数国。記録は相互に保管する」
「信仰への国家介入です」
グレゴリウスの声が低くなる。
「信仰ではなく、拘束と人体観測への監督」
「境界を誰が決める」
「一国では決めない」
沈黙が落ちた。
セレスティアがその間に口を開く。
「私は、教団を離れません」
ユリウスが見る。
「聖女様」
「ここで救われた人も、ここで働く人もいます」
薄紫の瞳が、グレゴリウスへ向く。
「でも、同じ聖女ではいません」
「どういう意味ですかな」
「私の役割を、私も決めます」
グレゴリウスは長く彼女を見た。
「代替が機能する限り、試行を認めます」
「失敗したら?」
イレーネが聞く。
「失敗を記録し、条件を戻す。以前の仕組みへ全部戻すのではなく」
それが、この日初めて出た譲歩だった。
会議の終わりに、マルセルが古い箱を持ち込んだ。
「器制度に関する初期資料です」
紙は脆く、ところどころ焼けている。
オルガが手袋をして頁をめくる。
魔力量。
生命反応。
適性なし。
中断。
似た項目が続く。
その途中で、一行だけ異質な記述があった。
――氷の固定体質。観測継続。
「対象は?」
オルガが聞く。
「その頁だけ、名前が欠損しています」
シィルヴィアは紙を見た。
タクミも見た。
オルガはすぐ頁を閉じる。
「今は結びつけるな」
「何とです?」
「分からないもの全部とだ」
その一行だけを、別紙へ写した。
対象名は空白のまま。
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