第71話 番号で呼ばれる子
「次の検査、何番?」
石段の下から聞こえた声に、ミアの足が止まった。
「急がなくていい」
タクミが言う。
ミアは木のスプーンを握ったまま、少しだけ頷いた。
地下は、想像していたほど荒れてはいなかった。
床は掃除されている。
寝台には清潔な布。
食事表も、体温の記録もある。
その代わり、窓がなかった。
扉には外から鍵がかかる。
壁には名前ではなく、数字が並んでいた。
「現在、危険な適性術式は停止しています」
案内した男が言う。
薄い灰色の髪。
研究衣の袖口に、子ども用の糸飾りが結ばれている。
「マルセル・ハイム。この施設の責任者です」
「停止して、何年だ」
シィルヴィアが尋ねる。
「四年」
「子どもは、まだここにいる」
「外へ出せば狙われる可能性があります」
「誰に」
「教団内の旧派。他国。器を軍事利用しようとする者」
マルセルは言葉を濁さなかった。
「ここに置く方が安全だと判断しました」
ミアの指が強くなる。
「名前は?」
「記録の混乱を避けるため番号で――」
「名前」
ミアがもう一度言った。
声は小さい。
けれど、誰も重ねなかった。
奥の部屋から、十歳にも届かない少女が顔を出した。
「七十二番」
聞かれる前に答える。
ミアの肩が揺れた。
「それ、名前?」
「呼ばれるやつ」
「名前は?」
少女は困った顔をした。
「知らない」
ミアはしゃがんだ。
同じ高さになる。
木のスプーンを見せた。
「これ、知ってる?」
少女が目を丸くする。
「木のやつ」
「うん」
「食堂のは鉄だよ」
「これは私の」
ミアは柄を指でなぞった。
「ずっと持ってる」
「なくさないの?」
「なくしても拾う」
少女の口元が少し動く。
「あなた、何番?」
その問いに、ミアはすぐ答えなかった。
タクミは見ていた。
昔なら、数字を聞かれた瞬間に顔を伏せていたかもしれない。
「私は」
ミアが息を吸う。
「ミア」
「ミア?」
「うん」
「数字じゃない」
「数字じゃないよ」
少女はその言葉を口の中で転がすように、もう一度言った。
「ミア」
ミアの指から、木のスプーンへかかっていた力が抜けた。
◇ ◇ ◇
施設の記録室で、マルセルは古い台帳を開いた。
ミアを何度も見る。
左膝の古傷。
銀貨の刻印。
木のスプーン。
「間違いありません」
「何が」
リディが聞く。
「この子の記録です」
マルセルは鍵付きの棚から封書を出した。
「本名も、血筋も残っています」
ミアの顔から、さっき戻った色が少し引いた。
「あなたが誰だったのか、私は知っています」
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