第70話 一人ではなかった
祈らない朝の記録は、昼までに七枚になった。
悪化した患者は、いなかった。
全員が治ったわけでもない。
聖女にしかできない高難度治癒は、二件残った。
「残った二件は、私が」
セレスティアが言う。
「午後に」
イレーネが返した。
「食べて、休んでからです」
「でも待っている方が」
「待てる状態だと判断しました」
言葉が強い。
けれど、セレスティアは怒らなかった。
「……分かりました」
それだけで、ラウルが目を伏せた。
今までなら、予定どおり連れていったのだろう。
◇ ◇ ◇
「なぜ、これまで分けなかった」
シィルヴィアが尋ねた。
会議卓にはグレゴリウス、ユリウス、イレーネがいる。
答えたのはグレゴリウスだった。
「失敗したからです」
古い記録が出される。
十数年前。
大規模災害時、複数の治癒師へ難度の高い治癒を分散。
連携が崩れ、死者が増えた。
「それ以降、高難度の治癒は聖女へ集中させた」
「治癒師を育てるのではなく?」
「確実な手段が、目の前にあった」
グレゴリウスはセレスティアを見る。
「私は、この方の力で救われた者を数え切れないほど知っている」
イレーネが机の端を指で叩く。
「その結果、私たちは補助ばかりになりました」
「実力が足りなかったのではないと?」
「足りません」
イレーネは即答した。
「使わなければ育たないからです」
オルガが昨日の分担表を出す。
「なら、訓練と実務を分ける。いきなり聖女の代替をさせるな」
「何から?」
「待てる患者からだ」
タクミは少し離れた席で聞いていた。
料理で解く話ではない。
だから、口を挟まない。
ただ昼食の時間になると、セレスティアの前へ器を置いた。
今度は昨日より具のあるスープ。
「午後の前に食べます?」
「はい」
セレスティアは匙を取る。
イレーネへ視線を向けた。
「午後の二件」
「はい」
「一件、途中までお願いできますか」
イレーネの表情が止まる。
「私が無理だと判断したら、代わってください」
「分かりました」
「逆も」
「逆?」
「私が無理をしていたら、止めてください」
イレーネはしばらく黙った。
「……承知しました」
セレスティアはまた一匙食べた。
一人でなくてもよい。
その事実を、まだ練習している途中だった。
◇ ◇ ◇
午後、ユリウスが未提出の施設記録を持ってきた。
「もう一つ、皇帝陛下に見ていただきたい場所があります」
「どこだ」
「白い塔の地下です」
ミアの手が止まる。
誰も急かさない。
「行く」
しばらくして、ミア自身が言った。
白い塔の地下へ続く石段を降りる。
途中で、細い声が聞こえた。
「次の検査、何番?」
子どもの声だった。
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