第66話 混ざった痛み
「他の人の魔力が、残ってる気がします」
その言葉だけでは、オルガは一文字も記録しなかった。
「気がする、では使えない」
「はい」
「比べる」
机に三枚の記録が並ぶ。
セレスティアが直近に治癒した三人のものだった。
骨折した巡礼者。
魔力枯渇を起こした治癒師。
高熱の子ども。
「本人の魔力波形は残ってるんですか」
「治癒前後の簡易記録だけだ」
「じゃあ、同じものかは分からないですね」
「そうだ。だから断定しない」
オルガはセレスティアへ視線を向けた。
「測定していいか」
「はい」
「嫌なら途中で止める」
「……はい」
返事の間を、タクミは覚えた。
試したのは料理ではなく、食べ方だった。
同じ穀物湯を、少量ずつ。
温度だけを変える。
食べる前。
一匙後。
三匙後。
オルガが魔力循環を測り、ラウルが吐き気や脈を記録する。
タクミはセレスティアの反応を見る。
三匙目で、昨日と同じ感覚が来た。
身体が食事を受け取り、本人の魔力がゆっくり整っていく。
その中に、遅れて動くものがある。
「ここ」
タクミが自分の胸元を指した。
「セレスティアさんの魔力は、こっちへ戻ろうとしてる」
「こっちとは?」
「うまく言えません」
「言え」
「……本人の方」
オルガの筆が止まる。
「残ってる方は?」
「戻る場所が違う感じです」
「消せるか」
タクミは首を振った。
「無理です」
そう言ってから、もう一度確かめる。
「少なくとも、料理だけでは」
オルガが測定紙を並べた。
「数値上も消えていない」
食後、全体の乱れは少し小さくなっている。
だが、細かな異なる波は残ったまま。
「料理が異物を除去した、と記録するな」
「はい」
「ただ」
オルガが紙を一枚持ち上げる。
「混ざって一つに見えていた波が、食後は分かれて見える」
セレスティアが自分の胸へ手を当てた。
「私は、ずっと」
小さく息を吸う。
「誰かを治した後、どこが痛いのか分からなくなることがありました」
「自分の傷じゃないのに?」
ミアが聞く。
「はい。肩が痛い日も、胸が苦しい日も。でも診てもらうと、私には傷がない」
ラウルが拳を握った。
「それでも、次の祈りへ行かせた」
「私が大丈夫だと言ったからです」
「だから止められなかった」
セレスティアは返事をしなかった。
タクミは、冷めた器へ少し湯を足す。
「今の痛みは?」
「……右肩」
「セレスティアさんの肩に傷は?」
「ありません」
「じゃあ、少なくとも一緒にしない方がいい」
「何と?」
「セレスティアさんの身体と、背負ってきたものを」
オルガがようやく記録へ一行を書く。
――本人由来の状態と、外来性負荷の輪郭が分離して観測される可能性。
「生命力を増やしているわけじゃない」
タクミが言う。
「分かっている」
「治してもいない」
「それも分かっている」
オルガは紙から目を上げた。
「お前は、何が減ったかではなく、何が誰のものかを見始めている」
その日の夕方。
教団本部から正式な要請書が届いた。
表題を読んだタクミは、しばらく黙った。
――皇城料理人による《聖女強化法》の提供について。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今日の一皿はいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。
また次の一皿で、お会いしましょう。




