第63話 死亡した少女
死亡記録には、遺体の確認欄がなかった。
埋葬先も空白だった。
「消したな」
オルガが短く言う。
シィルヴィアは帳簿を閉じなかった。
「誰が」
「承認者は施設責任者。上位決裁印もあります」
リディが別紙を置く。
「逃亡した子どもを死亡扱いにすれば、外部監査はそこで終わります」
「処罰しますか」
タクミが聞いた。
「証拠を揃えてから」
シィルヴィアの声は平らだった。
指先だけが、帳簿の角を強く押さえている。
「記録を消させない」
ミアはその横で黙っていた。
やがて、死亡と書かれた行を指差す。
「これ、直せる?」
「直す」
即答だった。
「生存へ」
「名前は?」
ミアの指が止まる。
「……ミアで」
「分かった」
シィルヴィアはそれ以上聞かなかった。
リディが新しい紙へ一行だけ書く。
――本人確認済み。生存。
ミアはその字を長く見た。
死亡の印はまだ消えていない。
それでも、その上に新しい記録が一枚重なった。
◇ ◇ ◇
「戻りたくない」
夜、ミアは言った。
「白い塔には」
「戻らなくていいよ」
タクミが答える。
「でも」
ミアは木のスプーンを回した。
「まだいるかもしれない」
「子ども?」
「うん」
昨夜まで、自分の過去を話すことさえ嫌がっていた。
今は、見たことのない誰かを気にしている。
「見に行きたい?」
ミアはすぐには頷かなかった。
「一人は嫌」
「一人で行かせない」
シィルヴィアが言う。
「私も行く」
「陛下は目立ちます」
リディの返事が早い。
「目立たない服にする」
「そういう問題ではありません」
ミアが口元を押さえた。
笑ったのか、息を整えたのかは分からない。
けれど、木のスプーンを握る力は少し弱くなった。
その時、扉が三度、控えめに叩かれた。
宿の主人ではない。
近衛が確認へ出る。
戻ってきた声が低くなる。
「陛下。教団からです」
「使者なら明日」
「使者ではありません」
扉の向こうで、白いフードが外された。
淡い金白色の髪が落ちる。
薄紫の瞳。
白と金の聖衣ではなく、飾りの少ない外套をまとっている。
隣には砂色の髪の護衛神官が一人。
女性は深く頭を下げた。
「夜分に失礼いたします」
その声を聞いた瞬間、ミアの木のスプーンが止まった。
「聖女セレスティア・ルーメンと申します」
聖女本人が、秘密裏に宿へ来ていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今日の一皿はいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。
また次の一皿で、お会いしましょう。




