第61話 白い塔の使者
――女神の器について、皇帝陛下と料理人へ話がある。
宿の机に置かれた一枚を、タクミはもう一度読んだ。
「器って、何を入れるんですか」
「それを聞くための面会だ」
オルガが答える。
向かいでは、白い外套の使者が姿勢を崩さず待っていた。
「聖女様は、白い塔にて皇帝陛下をお待ちしております」
白い塔。
その言葉が出た瞬間、木のスプーンが小さく鳴った。
ミアが両手で握っている。
指が食い込んでいた。
「ミア」
「……平気」
返事は早かった。
呼吸は、早い。
タクミは理由を聞かなかった。
「今日、塔まで行かないと駄目ですか」
使者が初めてタクミを見る。
「面会は急ぎと伺っております」
「今日じゃないと駄目、ですか」
「……その指定はありません」
「じゃあ、今日はここに泊まります」
シィルヴィアが使者からミアへ視線を移した。
「宿を変える」
「陛下?」
リディが眉を上げる。
「塔から遠いところへ」
「この宿も十分離れています」
「もっと」
タクミも頷く。
「できれば、窓から見えないところがいいです」
リディは二人を見比べた。
「意見が一致すると処理が早いのは助かりますが、町の反対側です」
「問題ない」
「荷物は私が運ぶんですか」
「近衛がいる」
「そういう意味ではありません」
ミアの口元が、ほんの少しだけ動いた。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
新しい宿は、白い塔から最も遠い南側にあった。
窓の外には、低い屋根と畑しか見えない。
ガレスは皇城厨房へ戻る隊に合流することになった。
「長く空けるほど、ルッツが調子に乗る」
「任せられるって言ってませんでした?」
「任せられるのと、放っておくのは別だ」
荷箱を閉じ、タクミの肩を一度叩く。
「食わせる相手を見ろ。話はそれからだ」
「はい」
夕方、使者から翌日の面会時間だけが届いた。
場所は白い塔ではなく、教団の外客館へ変更されていた。
シィルヴィアがそう要求したらしい。
タクミはミアの部屋へ湯を持っていった。
扉は少しだけ開いた。
「置いておく?」
「……入って」
木のスプーンは、枕元に置かれていた。
ミアは窓に背を向けて座っている。
「明日、行かなくてもいいよ」
「うん」
「僕たちだけで話を聞いてくる」
「うん」
同じ返事が続いた。
タクミは湯の椀を机へ置く。
何を聞けばいいか分からなかった。
だから、聞かなかった。
しばらくして、ミアが木のスプーンを手に取った。
「タクミ」
「うん」
「白い塔」
指で、匙の柄をなぞる。
「ここ、知ってる」
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