第59話 手紙の宛名
「読まない」
シィルヴィアが言った。
「まだ何も聞いてません」
「手紙」
タクミの手には、昨日エリアーヌから渡された封筒がある。
「陛下宛てじゃないですよ」
「知ってる」
朝食の卓だった。
シィルヴィアは自分のパンを切りながら、封筒を見ない。
見ないまま、少しだけ首を傾ける。
「厚い」
「見てますよね」
「見てない」
「封も確認しました?」
「王家の封蝋ではない」
「見てる」
リディが茶を飲んだ。
「タクミ殿」
「はい」
「その話はここまでにしてください」
「どうしてです?」
「朝食を終わらせたいので」
ガレスが向かいで笑いをこらえていた。
タクミは封筒をしまった。
シィルヴィアの返事が少しだけ戻る。
◇ ◇ ◇
昼、帰国準備の合間に手紙を開いた。
字は細く、丁寧だった。
書かれていたのは、料理の礼だけではない。
最初に窓を開けたこと。
何を食べられるかではなく、何なら嫌ではないかと聞いたこと。
残してもよいと言ったこと。
自分で決めた半分の食事を、記録に残したこと。
最後に一文あった。
――王女ではない私を、最初に見てくださったことへ感謝します。
「何て?」
ミアが横から聞く。
「ありがとう、って」
「それだけ?」
「もっと長いけど」
「皇帝に言ったら?」
「どうして」
ミアはタクミを見る。
「知らない」
行ってしまった。
タクミは手紙を畳む。
朝のシィルヴィアを思い出した。
見ないと言って、厚さは見ていた。
エリアーヌと話すと返事が短くなった。
食事時間がずれると、予定を先へ動かした。
「……嫉妬?」
口に出してから、自分で妙な気持ちになった。
なぜシィルヴィアが。
そこまで考えて、止める。
答えは出ない。
ただ、少し気になった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、シィルヴィアは帰国後の裁可書を馬車へ積ませていた。
「これ全部、帰りに読むんですか」
「溜まった」
「寝てくださいね」
「読む」
「寝る時間も」
「読む」
タクミは紙束を半分持った。
「じゃあ、僕が夕食の時間に止めます」
「命令?」
「お願いです」
シィルヴィアは紙を一つ戻した。
「分かった」
タクミは残った紙束を抱え直した。
食べずに仕事を続けるから気になる――そのはずなのに、朝の「嫉妬」という言葉だけは、まだ片づかなかった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今日の一皿はいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。
また次の一皿で、お会いしましょう。




