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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第4章 帝国料理人と、選び直す王女

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第55話 味のない朝

「戻ったのでしょうか」


 エリアーヌは、粥を見たまま言った。


「以前と同じように」


 ドロテアがすぐには答えない。


 脈を取り、瞳を見て、昨夜の睡眠時間を確認する。


「魔力の濁りは昨日より強くありません」


「でも、味が」


「味覚だけが落ちています」


 薬の記録を開く。


「安定薬を減らして三日目。加えて今日の交渉への緊張があります」


「薬を戻せば?」


 エリアーヌが尋ねる。


 ドロテアは一度考えた。


「一時的に楽になる可能性はあります」


「では」


「同じ干渉を再び起こす危険もあります」


 王女の手が止まる。


「医師としては、今朝だけで元の量へ戻すことは勧めません」


 以前なら、その言葉だけで決まっていた。


 エリアーヌは目を閉じる。


「……減らしたままにします」


「理由を記録します」


「今日、話したいから」


「分かりました」


 タクミは粥を一口食べた。


 味はある。


 薄い塩味。


 白穀の甘み。


 材料へ意識を向けても、昨日のような引っかかりはない。


 今のエリアーヌに、明らかに避けた方がいいものは入っていない。


 それでも、味は戻っていなかった。


「僕の料理でも、戻らないですね」


 エリアーヌが顔を上げる。


「戻せないのですか」


「今は」


 短く答えた。


「じゃあ、味じゃないところを変えてみます」


 粥を全部作り直すことはしなかった。


 少しだけ水を足し、粒を柔らかくする。


 表面へ油は浮かせない。


 別の小皿で香草を軽く炙った。


 焦がさない。


 香りだけを立てる。


「匂いは?」


 エリアーヌが近づける。


「分かります」


「嫌じゃない?」


「はい」


「熱さは?」


 一匙。


「前より、少しぬるいです」


「どっちがいいですか」


 王女は二つの器を触った。


「温かい方」


「じゃあ、そっちで」


 味は戻らない。


 一口食べても、表情は変わらない。


 それでも二口目を自分で取った。


「柔らかいのは分かります」


「うん」


「香りも」


「はい」


 四口。


 五口。


 半分ほどで匙が止まった。


「ここまでにします」


 エリアーヌが自分から言った。


「はい」


 タクミは器を下げる。


「残して、よいのですね」


「今日の目的は完食じゃないので」


「交渉へ行けるだけ食べること?」


「それもです」


 タクミは返却札へ書いた。


 ――味覚なし。温度・食感・香りは認識。半量摂取。本人判断で終了。


 ドロテアが横から見る。


「症状だけではなく、選択まで書くのですね」


「大事かなって」


「採用します」


 エリアーヌは立ち上がった。


 移動用の軽い靴を履く。


 交渉用の靴は箱に入れて持っていく。


 レオンが手を差し出しかけた。


 王女が一歩、自分で歩く。


 彼は手を下げ、代わりに扉を開けた。


「殿下」


「はい」


「本日の発言順は、昨日決めた通りで」


「お願いします」


 廊下の先で、シィルヴィアが待っていた。


「味は?」


「ありません」


 エリアーヌは答えた。


「でも、行きます」


 シィルヴィアは一度だけ頷いた。


「なら、行こう」


 味のない朝のまま、王女は交渉卓へ向かった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今日の一皿はいかがでしたでしょうか。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。

また次の一皿で、お会いしましょう。

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