第53話 嫉妬は公務
「私も行く」
翌朝。
予想通りの言葉だった。
リディは旅程表を開いた。
「理由をお願いします」
「国境交渉は国家間の問題」
「公務ですね」
「そう」
「アルディア王国と婚姻候補国の交渉です。帝国は監督国ではありません」
「共同備蓄案へ帝国の記録方式を使う」
「公務ですね」
「そう」
「その説明は文官でも可能です」
シィルヴィアが少し黙る。
「タクミが行く」
リディは顔を上げた。
「公務ですね?」
返事がない。
「陛下」
「……そう」
三度目だけ、少し遅かった。
タクミは横で保存パンを包んでいた。
「僕の護衛なら、リディさんがいますよ」
「いる」
「はい」
「私もいる」
「増えましたね」
リディが机へ額をつけそうになった。
共同備蓄案へ帝国の記録方式を使う以上、帝国側の代表が現地にいた方が判断は早い。シィルヴィアの同行は、正式な公務として認められた。
「本当に公務になりましたね」
タクミが言う。
「最初から」
「三回目、遅かったです」
「気のせい」
◇ ◇ ◇
出発後も、シィルヴィアは普段通りだった。
少なくとも、エリアーヌがタクミへ話しかけるまでは。
「国境では、何を食べた方がよいでしょう」
休憩中、エリアーヌが尋ねる。
「食べた方がいいものより、避けるものを先に決めましょう」
「柑橘ですね」
「今は。あと、薬の前後で変えます」
「温かい方が?」
「殿下は冷たいものより食べやすそうです」
「では、薄い粥を」
「はい」
「タクミ」
後ろから呼ばれた。
「はい」
シィルヴィアが馬車の窓からこちらを見ている。
「昼」
「まだ鐘まで少しあります」
「食べる」
「もうですか」
「もう」
リディが時計を見る。
「予定より四半刻早いです」
「空腹」
タクミは荷物から二人分のパンを出した。
「陛下の分だけ先に?」
「タクミも」
「王女様の確認が」
「レオンがいる」
レオンは突然振られ、少し目を見開いた。
「私でよろしければ」
シィルヴィアは満足したように頷いた。
その日の午後も同じだった。
エリアーヌと薬の時間を話したあとだけ、返事が短い。
休憩の場所を相談したあとだけ、タクミの予定が一つ増える。
夜、国境近くの宿へ着いた。
エリアーヌが先に部屋へ戻る。
シィルヴィアは廊下の窓から外を見ていた。
「陛下」
「なに」
やっぱり短い。
タクミは隣へ立った。
「王女様と話すの、嫌でしたか」
シィルヴィアの顔が、ゆっくりこちらを向いた。
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