第49話 王女の証言
翌朝。
昨日と同じ会議室に、椅子が一つ増えていた。
エリアーヌは、その席まで一人で歩いた。
レオンの手が反射的に伸びる。
途中で止まった。
「殿下」
「大丈夫です」
歩く速度は遅い。
それでも最後まで、自分で歩いた。
重い宝飾は外している。
淡い色の簡素なドレスだけだった。
「座って話せ」
アルベルト三世が言う。
「はい、父上」
エリアーヌは座った。
公の席だった。
背筋を伸ばす。
「わたくしから、申し上げたいことがあります」
昨日までの小さな声とは少し違った。
まず、三年前の薬。
魔力の濁りが出た。
医師に勧められ、飲んだ。
眠れなくなり、別の薬が増えた。
食欲が落ち、食事が変わった。
婚姻準備が始まり、体調管理のためさらに制限が増えた。
香水も変わった。
魔力訓練も増えた。
「なぜ、言わなかった」
王が聞く。
エリアーヌの指が膝の上で重なる。
「皆、わたくしのために用意してくれたからです」
ドロテアが目を伏せる。
「薬を嫌だと言えば、治ろうとする気がないと思われる気がしました」
マティアスの手が止まる。
「料理を残せば、料理人を困らせます」
レオンの手袋が軋む。
「訓練を断れば、王女として弱いと思われます」
最後に父を見る。
「婚姻を嫌だと言えば、国を危険にすると思いました」
「私は、そんなつもりで」
アルベルトが言いかける。
「分かっています」
エリアーヌは首を振った。
「だから、言えませんでした」
室内から音が消えた。
タクミは壁際に立っていた。
話すことはない。
今は、王女が自分で話している。
「王女を辞めたいのか」
王が尋ねた。
エリアーヌはすぐに首を振った。
「いいえ」
今度は迷わなかった。
「役目を捨てたいのではありません」
エリアーヌは一度、息を吸った。
「私も、決めたいのです」
王の目が動く。
「薬を飲むか。何を食べるか。いつ休むか」
一度、息を吸う。
「誰と、どの条件で婚姻するのかも」
ドロテアが記録用紙を裏返した。
「殿下」
「はい」
「今後の処方変更は、必ずご本人へ説明します」
「……私が断っても?」
「理由を聞きます」
「怒りませんか」
「医師ですから、反対はします」
ほんの少し、エリアーヌが笑った。
「それなら、話せそうです」
マティアスも一歩前へ出る。
「食事も、お尋ねします」
「何を?」
老人は少し困った顔をした。
「……どの香りがお好きか」
エリアーヌの笑みが、もう少しだけ広がった。
アルベルト三世は、娘を長く見ていた。
「エリアーヌ」
「はい」
「お前は、どうしたい」
王女は目を閉じた。
「婚姻を、延期したいです」
扉の外で足音が止まった。
王国の外務官が入り、一通の書簡を差し出す。
「婚姻候補国側の全権使節、セドリック・ヴァレン卿が王都へ到着しました」
アルベルト三世の目が、書簡へ落ちる。
「婚姻条約の最終協議のため、予定を早めたとのことです」
エリアーヌは、自分の膝の上で重ねていた手をほどいた。
「では」
顔を上げる。
「私が話します」
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