第45話 食べない王女
王女の部屋には、食事が多すぎた。
銀の蓋が五つ。
果物の皿が二つ。
湯気の立つ乳粥、焼いた白身肉、薄い野菜汁、卵料理、薬草茶。
そのどれにも、ほとんど手がついていない。
タクミは料理より先に、窓が閉まっていることに気づいた。
花の香りが濃い。
「窓、開けてもいいですか」
侍女が目を丸くする。
寝台脇の椅子に座る少女が、ゆっくり顔を上げた。
淡い金髪。
青緑の瞳。
細い首には、王家の宝石が重そうに並んでいる。
「構いません」
声は小さかった。
窓を少し開けると、温かな外気が入った。
少女の肩が一度だけ下がる。
「第一王女エリアーヌ・アルディア殿下です」
レオンが紹介する。
「こちらが、ヴァルハイト帝国の皇城料理人タクミ」
「お初にお目にかかります、殿下」
「共同記録を読みました」
エリアーヌの視線がタクミの手へ落ちる。
「病を治せない料理人だと」
「はい」
侍女が息を呑んだ。
エリアーヌだけが、ほんの少し目を見開く。
「そこまで、迷いなく」
「治せないので」
「タクミ」
シィルヴィアが短く呼ぶ。
「言い方」
「すみません」
部屋の奥で、灰茶の短い髪の女性が記録を閉じた。
「事実です」
王立施療院長ドロテア・ミルン。
エリアーヌの主治医でもある。
「少なくとも、料理を治療薬として扱うつもりがないことは確認できました」
その言葉に、別の男が鼻を鳴らした。
白髪をきっちり撫でつけ、真白な調理着に銀鎖をつけている。
王宮料理長マティアス・ロウだった。
「殿下には必要な栄養を計算した献立を用意しております」
「脂質は減らしてください」
ドロテアがすぐに返す。
「昨日は減らしました」
「卵は一日一つまでです」
「婚姻準備局からは体力維持のため二つと」
「香辛料は禁止です」
「王家の食卓で香りを抜けば、殿下が余計に食べられません」
そこへ国王アルベルト三世が入ってきた。
「娘には最善を」
一言で、全員が頭を下げる。
「食べられるものを用意してやってくれ」
「陛下、乳製品を増やす案が」
「婚約先からは体型管理の食事表も届いております」
「薬との時間を空ける必要があります」
言葉が重なる。
エリアーヌは何も言わない。
タクミは五つの銀蓋を見た。
全部、誰かが彼女のために用意したものだった。
それでも、少女の指は匙へ伸びない。
「殿下」
タクミが呼ぶ。
部屋が静かになった。
「はい」
「今、何なら嫌ではないですか」
マティアスが眉を寄せる。
「食べられるもの、ではなく?」
「はい」
タクミはエリアーヌを見た。
「食べたいものが分からなくても、匂いが嫌とか、熱いのが嫌とか、それなら分かるかもしれないので」
エリアーヌは料理を見た。
乳粥。
肉。
果物。
薬草茶。
次に、父を見る。
医師を見る。
料理長を見る。
レオンを見る。
最後に、自分の膝へ視線を落とした。
「分かりません」
指が、重いドレスの布をつまむ。
「何も選んだことがないから」
少し間を置く。
「分からないのです」
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