第44話 外交官レオン
「すみません」
タクミが頭を下げると、レオンの眉がわずかに動いた。
「反論はなさらないのですか」
「食事中に勝手に席を立ったのは、本当なので」
「それだけではありません」
◇ ◇ ◇
翌朝。
国境宿の小さな応接室で、レオンは帝国一行の予定表を開いていた。
「従者用の厨房へ入り、身分別の配膳へ口を出したと聞いています」
「口を出したつもりはないです」
「では、何を」
「聞きました」
レオンが手袋の縁を直す。
「王国へ招かれた目的は、帝国式の制度を宣伝することですか」
「違います」
「皇帝陛下まで同行された」
「僕も驚きました」
隣で、リディが咳をした。
少し離れた席では、シィルヴィアが何も言わず朝食を食べている。
タクミは昨日の返却盆を一枚、机へ置いた。
「この人、夜警ですよね」
「なぜ分かるのです」
「宿の人に聞きました」
脂の固まった肉が残っている。
「食事のあと、すぐ馬を見に行くって」
「それが何か」
「こっちは?」
二枚目。
パンがほとんど手つかずだった。
レオンは札を見る。
「王女付きの従僕です」
「昨日、食べる時間が十分ありました?」
返事が遅れた。
レオンは随行記録を開く。
王家から来た迎えの従者は、帝国側の到着準備で夕食時間が遅れていた。
食堂へ入れたのは、次の勤務まで四半刻ほど。
「同じ量を食べるの、難しいと思います」
「それは本人が申告すべきことです」
「言えますか」
レオンが口を閉じる。
そこへ昨夜の御者が空の器を返しに来た。
「今日は汁、多めにしてもらった」
タクミを見つけ、少し笑う。
「楽だった」
「よかった」
「料理人に言ったのは俺だぞ」
「うん」
「お前の手柄みたいな顔するな」
「してないよ」
御者が去る。
レオンはその背を見ていた。
「あなたが作ったのではないのですね」
「はい」
「指示もしていない」
「御者さんに、そう話しただけです」
「それだけで?」
「宿の料理人さんが考えたんだと思います」
レオンは返却盆を手に取った。
昨日より残りが少ない。
「……王国では、身分ごとに食事の形式が決まっています」
「便利なところもありそうです」
レオンが初めてタクミを見る。
「否定しないのですか」
「僕、昨日は上の席で温かい料理を食べられました」
「当然です。皇帝陛下の随員ですから」
「だから、守られてるところもあるんだと思います」
タクミは空の器へ視線を落とした。
「でも、食べる時間まで身分で決めると、困る人もいるのかなって」
レオンはしばらく黙った。
「王都では、勝手に厨房へ入らないでください」
「はい」
「必ず私へ確認を」
「分かりました」
「……見たいものがあるなら、先に言ってください」
馬車が出る直前、王都から早馬が着いた。
使者はレオンへ封書を渡す。
読む間に、彼の手袋の指が止まった。
「何かありました?」
タクミが尋ねる。
レオンは封書を畳んだ。
「第一王女殿下が」
一度だけ息を整える。
「三日、ほとんど食事を取れていません」
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