第42話 皇帝も行く
「外交上、必要」
翌朝、シィルヴィアはそう言った。
リディが紙へ一本線を引く。
「王国から陛下への招請はありません」
「共同記録は帝国の政策」
「担当文官で説明できます」
「王女の病状相談は王家の問題」
「医務官とオルガ殿で足ります」
「国外へ渡るタクミの安全」
「それは私の仕事です」
三本目の線が引かれた。
シィルヴィアは黙った。
タクミは朝のパンを千切りながら、二人の間に積まれていく紙を見ていた。
「僕、行かない方がいいですか」
「行く」
「そこは決まってるんですね」
「決まっている」
リディが紙を裏返した。
「では、陛下が同行する理由だけ決めます」
「もう決めた」
「通る理由をです」
しばらくして、オルガと外務官が加わった。
アルディア王国は帝国西方の主要交易相手だ。共同食堂の仕組みが国外でどう受け取られるかは、今後の交易政策にも関わる。
王女の相談も、王家が帝国の記録を信頼して出した正式要請だった。
食事改善の公開範囲を決めた皇帝自身が短期訪問することには、確かに国益がある。
「つまり」
リディが言う。
「私情を全部除いても、同行する理由は残りました」
「最初から言っている」
「最初はタクミ殿の安全しか言っていません」
「重要」
「公務としては四番目です」
シィルヴィアはパンへ視線を落とした。
それ以上は反論しなかった。
正式な訪問団が決まった。
シィルヴィア、リディ、オルガ。
料理側からタクミとガレス。
ミアは食事記録の補助として同行する。
外務官と書記官は、先に王国側と日程を詰めることになった。
皇城厨房はルッツたちが残ることになった。
「俺がいなくても回る」
ガレスが言うと、ルッツは少し不満そうな顔をした。
「当然です」
「なら、豆を焦がすな」
「一回です」
「記録には残ってる」
旅支度は、その日のうちに始まった。
ガレスが、荷箱の上に小さな手帳を置いた。
「王国の飯を食ったら、まず書け」
「うまい、で終わらせるな」
「はい」
問題は護衛だった。
タクミは渡された名簿を見て、途中で数えるのをやめた。
「これ、全部僕のですか」
「近衛六名、先行斥候二名、交代要員四名です」
リディが答える。
「陛下の護衛は?」
「私を含めて八名」
「僕の方が多い」
「私は減らしました」
シィルヴィアが言う。
「誰の案ですか」
「私」
「増やした方です」
「私」
ガレスが荷箱を閉じた。
「料理人一人に軍隊をつけるな」
「軍隊ではない」
「十二人だ」
「少ない」
リディが無言で二名分に線を引いた。
シィルヴィアが戻した。
その横で、ミアは王国から届いた贈答品を小さな箱へ分けていた。
香辛料。乾燥果実。薄い白布。
白布の端に、銀糸の紋章があった。
細長い塔と、その上に重なる輪。
ミアの手が止まった。
「ミア?」
タクミが振り返る。
「なに?」
「呼んだ?」
「呼んでない」
「そっか」
いつも通りの声だった。
タクミが荷箱へ戻る。
ミアは白布を二つに折った。
もう一度折り、着替えの一番下へ押し込む。
その上から、自分の木のスプーンを置いた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今日の一皿はいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。
また次の一皿で、お会いしましょう。




