第38話 皇帝の一杯
列には、皇帝が食べた店を見たい者もいた。
値段だけを確かめる者もいる。
本当に食事を必要として来た者ほど、長い列の端で迷っていた。
ノアの後ろにいた幼い子が、空腹を隠すように腹へ手を当てる。
タクミは列の先ではなく、帰っていく人を見た。
「何食分ありますか」
「あと二十」
料理係が答える。
列は五十人を越えていた。
シィルヴィアが一歩前へ出ると、近衛兵たちが道を空けようとする。
「待ってください」
タクミが止めた。
「私が命じれば、子どもを先にできる」
「今日だけなら」
「今日だけでは駄目?」
「明日も同じ人が来ます」
シィルヴィアは列を見た。
「店を増やします」
「すぐに?」
「同じ料理じゃなくて、同じやり方を渡します」
タクミは残りの二十食を数え、ノアへ一枚の札を渡した。
「今日は、食べられなかった人を記録して」
「名前?」
「人数だけでいい」
名前を知らなくても、次の日の鍋は増やせる。
一軒の成功を、五軒へ分ける仕事が始まった。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
市場近くの食堂三軒と、施療院近くの食堂、軍務府脇の食堂が参加した。
同じ料理は作らせない。
規格外品の買い取り方法。
料金の選び方。
残食の記録。
食べる人を分けすぎないこと。
五つの店が、それぞれの鍋を作る。
行列を見ていたシィルヴィアが言った。
「私の名を使っていい」
文官が驚いて顔を上げる。
「皇帝推奨の食堂と掲げますか」
「違う」
シィルヴィアは一軒目の札を外した。
「私も食べた、とだけ書く」
同じ札が、五軒の入口に下がった。
夕方には、人が五つの食堂へ分かれていた。
タクミは最後の店で、熱い豆のスープを受け取る。
隣ではシィルヴィアが、すぐに匙を入れようとしていた。
「シィルヴィア、熱いですよ」
言ってから、タクミの手が止まった。
食堂も止まった。
リディが目を閉じる。
シィルヴィアだけが、何事もなかったように匙を置いた。
「分かった」
「今、僕」
「冷める」
「でも、陛下を」
「許可する」
短く言い、スープへ息を吹きかける。
タクミは言い直せなかった。
向かいの卓で、ルッツが盛大にむせた。
「大丈夫?」
「お前のせいだ」
「僕?」
シィルヴィアは一口食べた。
目元が、少しだけ柔らかくなる。
◇ ◇ ◇
その日のうちに、皇城へ先に戻った侍女たちの間で噂が広がった。
皇城料理人が、陛下を名前で呼んだ。
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