第35話 市場の値段
帝都の市場は、朝から声で満ちていた。
呼び込み。値切り。荷車の軋み。
タクミは野菜の山ではなく、その脇に積まれた傷ものを見た。
「これは売らないんですか」
「形が悪い。食堂は揃ったものを欲しがる」
商人は答えながら、傷のある根菜を別の籠へ放る。
「安くできますか」
「安く売れば、普通の品まで値切られる」
別の店では、昨年より麦袋が三割高い。
不作だけではない。北の街道が雪で遅れ、倉庫にある品が帝都へ届いていなかった。
「料理で安くはできないね」
ミアが言う。
「うん」
「でも、捨てるのは減らせる」
タクミはミアを見る。
「そうかも」
二人は市場の端を歩いた。
白い塔が屋根の向こうに見えた時、ミアの指がタクミの袖をつかむ。
以前より強くはない。
それでも、離さなかった。
塔の紋章をつけた買い付け人が、薬草と保存食を大量に運ばせている。
リディが視線だけを向けた。
「教団の者です」
「たくさん買ってる?」
「必要な量を確保しているだけかもしれません」
追及はしない。
今は、食材がどこで止まっているのかを見る方が先だった。
◇ ◇ ◇
市民局の担当者は、傷あり野菜を共同食堂へ回す案を聞くと頷いた。
だが、隣にいた商人組合の男は机を叩いた。
「皇城が安く買い集めれば、我々の商売が死ぬ」
「捨てるものですよね」
「今日は捨てる。明日は売れるかもしれない」
「でも、今食べられない人が」
「そのために、農家と商人を潰すのか」
タクミは言葉を失った。
善意で安く集めれば、今度は売る側が続かない。
話し合いのあと、市場へ戻った。
籠には、まだ食べられる野菜が残っていた。
その前を、空の袋を持った親子が通り過ぎた。
最初に話した商人が、傷ものを入れていた籠を引き寄せる。
札へ大きく書いた。
――共同食堂試験分。通常品とは別に扱う。
「売る約束はまだだ」
「はい」
「だが、捨てる前に数えるくらいはできる」
傷のある根菜が、廃棄用ではない籠へ移された。
料理はまだ一皿もできていない。
それでも、市場で一つ、食材の行き先が変わった。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




