第30話 甘やかす食事
三日間の試験は、その日の夕食から始まった。
翌朝。
「兵は菓子の焼き加減ではない」
ヴァルドは、タクミが開いた記録帳を見下ろした。
「だから、一日だけで決めません」
タクミは記録帳を開く。
休息なしで食事を取った班。半刻休ませた班。水分を先に取った班。夜食を少量にした班。
残食、嘔吐、翌朝の訓練離脱者。
「休ませた班は、翌朝の離脱が減っています」
「敵が待ってくれるか」
「待たないと思います」
「なら、食え。動け。それが兵だ」
ベルンが鍋の前で黙っている。
タクミはベルンへ尋ねた。
「一番困るのは何ですか」
「人が足りん」
「料理のことです」
「倒れた兵の分を、次の班が埋めることだ」
ベルンは大鍋を混ぜる。
「一人倒れれば一人分の穴が空く。無理に食わせて吐けば同じだ。だが毎回別の飯を作る余裕もない」
「別の飯は作りません」
ルッツが三枚の札を卓へ置いた。
夜勤。訓練前。負傷。
「同じ鍋から、量と仕上げだけ変える。昨日は三人でも回りました」
◇ ◇ ◇
試験は三日続いた。
休息を入れた班は訓練開始を半刻遅らせたが、最後まで動けた人数は増えた。夜食を少量にした班では、食後に吐く兵が減った。
計測板でも、食前に魔力の偏りが大きかった兵ほど、食後と休息後に線が平常時へ近づいた。最初から安定していた兵には、ほとんど変化がない。
全てが良くなったわけではない。負傷が治るわけでも、魔力量が増えるわけでもない。
それでも、翌朝の欠員札は二枚減った。
昨日まで空いていた二つの席に、その朝は兵士が座っていた。
一人は自分でパンをちぎり、もう一人は浅い椀の肉汁を飲んでいる。
「二人だけだ」
「二人、戻っています」
エドガーも、前夜は自分から半量の夜食を受け取っていた。
食べ終えると、訓練場ではなく宿舎へ戻った。
「一週間」
ヴァルドが言った。
「試験を続ける。訓練成果が落ちれば戻す」
「はい」
翌日、厨房勤務を希望する兵の募集札が出た。
最初に名を書いたのは、鍋を運んでいた若い補給兵だった。
ベルンはその兵へ、夜勤用の肉汁の薄め方を教える。
タクミが口を挟もうとすると、ガレスが肩を押さえた。
「見ろ」
「でも、塩が」
「ベルンの厨房だ」
補給兵が味見し、自分で水を足す。ベルンが頷いた。
タクミの料理ではない。
それでも、夜勤明けの兵が空の椀を返した。
次の兵は半分を残した。
補給兵がすぐに理由を聞く。
「多かったですか」
「いや。今日は頭が重い」
「では、次は浅い器にします」
ベルンが口を挟まない。
タクミは塩の量を言いかけ、飲み込んだ。
ガレスの手は、もう肩から離れている。
「何も言わないんですか」
ルッツが小声で尋ねる。
「言わなくても、見てるから」
「それ、前のお前にはできなかったな」
「今も難しいよ」
空の椀と半分残った椀が、同じ返却口へ並ぶ。
どちらも記録される。
ベルンは新しい札を壁へ打ちつけた。
――夜勤、訓練前、負傷。量と温度を確認すること。
タクミの名前は、どこにも書かれていなかった。
それが少し嬉しかった。
◇ ◇ ◇
午後、リディが新しい封書を持ってきた。
帝都施療院。
「緊急です」
高熱と魔力枯渇で、三日間ほとんど食事を取れていない患者がいる。
封書の最後には、短く書かれていた。
――水も受け付けなくなり始めた。
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