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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第3章 皇城料理人と、変わり始める帝国

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第29話 食べる前の恐怖

 夜の訓練場には、誰もいなかった。


 タクミは端の長椅子へ、薄い肉汁と焼いたパンを置く。


「ここで食べます」


「食べたら訓練だろ」


「今日は終わりです」


 エドガーは教官を見る。教官は頷いた。


「命令だ。今夜の訓練は終了」


 それでも椀を取らない。


 リディが反対側へ座り、自分のパンを肉汁へ浸した。


「冷えるぞ」


 誰へ言ったのか分からない声だった。


「食べなくても、訓練は終わりです」


「そんなことあるか」


「今日はあります」


「明日は」


「明日のことは明日決めるそうです」


 エドガーはようやく椀を持ったが、鼻へ近づけてすぐ戻した。


「匂い、強いですか」


「違う」


「脂?」


「違う」


 やがて、小さく言う。


「腹が満ちると、走れと言われる」


 食事の後、休む間もなく訓練へ戻される。吐いても弱いと言われる。次から量を減らし、やがて椀を見るだけで身体が固くなった。


 タクミは肉汁の脂を匙で端へ寄せた。


「パンだけでもいいです」


「それで兵士が務まるか」


「今夜は、食べることしか頼まれてません」


 エドガーの指が少し緩む。


 パンを半分だけ浸し、一口。


 リディも二口目を食べた。


「昔、訓練のあとに食べると、眠る前に胃が痛んだ」


「団長も?」


「団長になる前がある」


「どうしたんです」


「量を減らした」


「怒られなかった?」


「怒られた。別の教官が、怒った教官を黙らせた」


 リディはそれ以上話さない。


 エドガーは肉汁を一口飲んだ。額を押さえていた手が下りる。


「もう一口、いけそうですか」


「分からない」


「じゃあ、少し待ちます」


 待つ間に松明が一つ消えた。


 エドガーは椀の半分まで飲んだ。


 返却札には『残食』ではなく、『夜食・半量摂取』と書かれた。


◇ ◇ ◇


 翌朝、軍司令官ヴァルド・グラーフが厨房へ現れた。右頬に古い傷があり、食堂へ入るだけで兵士の背が伸びる。


「食事のために、兵を休ませたそうだな」


「一班だけです」


「料理で兵を甘やかすのか」


 タクミは空にならなかった椀を見た。


「休ませたら弱くなるか、比べたいです」


 ヴァルドの目が細くなる。


「弱くならなければ、続けるのか」


「僕が決めることではありません」


「では誰が決める」


 タクミはベルンと教官を見た。


「毎日見ている人たちが、記録を見て」


 ヴァルドはしばらく何も言わなかった。


 軍司令官が沈黙すると、厨房の火の音まで大きく聞こえる。


 やがて、彼は返却札を一枚取った。


 『夜食・半量摂取』


 その裏には、リディの字で『訓練復帰なし。宿舎で休息』と追記されている。


「一人のために、規則を変えるのか」


「一人で試して、皆に使えるかを見るんです」


「使えなければ」


「戻します」


「兵が倒れたら」


「料理だけでは止められません」


 タクミは空にならなかった椀を片づけた。


「でも、倒れる前に食べられない人は見つけられるかもしれません」


 ヴァルドの視線が、額に手を当てたまま宿舎へ戻るエドガーを追う。


「三日だ」


「一日ではなく?」


「お前が一日で決めるなと言った」


 ルッツが横で小さく息を吐いた。


 試験は、甘やかしではなく比較として始まった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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