第28話 魔力酔い
翌朝。
オルガが並べた計測板に、魔力量の増加は見られなかった。
食事の前後で高さはほぼ同じ。変わっていたのは、線の揺れ方だった。
「訓練直後は流れが右腕へ偏っている。食後は中央へ戻り始めている」
「料理のせいですか」
「一度では断定できない」
オルガは即答した。
「水を先に飲ませた。食事まで半刻休ませた。脂を減らした。本人の訓練量も昨日と違う。だが、食前と食後で流れが変わった事実は残る」
同じ傾向が出たのは十二人中四人。変化がなかった者が六人。線がさらに乱れた者も二人いた。
こうした症状は、『魔力酔い』と呼ばれていた。
「全員じゃない」
「だから見る価値がある」
オルガは新しい紙を出した。
「魔力が増えたのではない。流れの偏りが、わずかに緩んだ例がある」
「疲れが取れたのと違うんですか」
ルッツが尋ねる。
「同じ現象を、別の角度から見ている可能性が高い。疲労で乱れた身体と魔力の流れが、平常時へ戻り始めている」
難しい話をしているのに、オルガの皿には豆が三粒残っていた。
「食べないんですか」
「今は記録が先だ」
「昨日、僕が同じことをして怒られました」
オルガの手が止まる。
リディが横を向いた。
「よく言いました」
オルガは豆を一粒食べた。
「観察者にも適用される規則か」
「されます」
残り二粒も食べた。
そこへ、シィルヴィアが軍服姿で現れた。
「私も測る」
「陛下は何をなさるおつもりですか」
「同じ訓練をする」
「条件が違いすぎます」
オルガ、リディ、軍の教官が同時に言った。
「魔力を減らせばいい」
「減らした陛下と、全力の兵士でも条件が違います」
タクミはシィルヴィアの手元を見た。薄い手袋の下で指先が冷えている。
「今日は朝ごはん、食べました?」
シィルヴィアが黙る。
「何を食べました」
「茶」
「飲み物です」
タクミは薄い肉汁とパンを差し出した。
「訓練は?」
「食べたあとです」
「許可された?」
「されてません」
リディが短く答えた。
◇ ◇ ◇
その日の計測では、エドガーの線だけが大きく乱れたままだった。
「水は」
「飲んだ」
「休憩は」
「した」
「食事は」
「いらない」
タクミが一歩近づくと、エドガーは食事の盆から離れた。
「食べると戻される」
「どこへ?」
「訓練場へ」
椀ではなく、その先を怖がっている。
タクミは差し出しかけた盆を下げた。
「今日は、食べても食べなくても、戻さないようにできますか」
教官が眉を寄せる。
「命令を変えろと?」
「食べる前と後を、怖がっていることとは分けて見たいです」
オルガが計測板を閉じた。
「食べさせることを条件にするな。恐怖で身体が強張れば、計測値にも別の揺れが混ざる」
教官は不満そうに口を結んだが、リディを見ると姿勢を正した。
「今夜だけだ」
「明日のことは、明日の記録で決めます」
タクミが言う。
シィルヴィアは肉汁を食べ終え、空の器を卓へ置いた。
「今夜は休ませる」
命令は短かった。
けれど、エドガーの肩は下がらなかった。
一度、教官の方へ目をやる。
タクミは温かい肉汁を別の器へ移し、脂を少しだけ除いた。
「食堂じゃなくてもいいです」
「どこで」
「訓練が終わった場所で」
誰もいない夜の訓練場なら、椀の先に次の命令は置かれていない。
エドガーは答えなかった。
それでも、タクミが盆を持って歩き出すと、少し遅れてついてきた。
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