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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第1章:追放料理人と、待ち続けた皇帝

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第3話 ひび割れ卵のオムレツ

 昨日は立ち上がるだけで膝をついたミアが、今朝は自分から足を差し出していた。


「きつくない?」


 タクミは、ミアの踵へ巻いた布を結んだ。


 ミアが立ち上がる。


 一歩。


「……変」


「痛い?」


「足が大きくなった」


「布の分だけね」


 もう一歩。


 今度は、踵が靴の中で浮かなかった。


「歩けそう?」


「うん」


 二人は街道へ戻った。


 ミアはタクミの少し後ろを歩く。


 しばらく進むと、道が二つに分かれていた。


 片方には、深い車輪の跡が続いている。


「荷車が通ってる。こっちだと思う」


「たぶん?」


「少しだけ自信がある」


 ミアは車輪の跡がある方へ歩き出した。


 タクミも、その歩幅に合わせる。



 道の先から、何かが割れる音がした。


「ああっ!」


 曲がり角を抜けると、荷車が傾いていた。


 外れた車輪のそばで、籠が二つ転がっている。


 卵が道の上に散らばり、農家らしい老女が慌てて拾っていた。


「手伝います」


 タクミは荷物を下ろした。


 割れていない卵を拾い、籠へ戻す。


 ミアもしゃがんだ。


 両手で卵を一つ持ち上げる。


「そっとね」


「分かってる」


 殻に、細いひびが入った。


 ミアの手が止まる。


「……割れた」


「最初からだと思うよ」


「本当?」


「たぶん」


 ミアは卵をタクミへ差し出した。


「持って」


「うん」


 籠を戻し終える頃には、老女も息を整えていた。


「助かったよ。二人とも、ありがとう」


「車輪は大丈夫ですか?」


「近くの農場から人を呼ぶさ。あんたたちは町へ行くんだろう?」


「はい。こっちで合ってましたか」


「合ってるよ」


 タクミは小さく息を吐いた。


 隣で、ミアが見上げている。


「少し自信あった」


「少しだけね」


 老女が笑った。


「礼だよ、これを持っていきな」


 差し出された布袋には、ひびの入った卵が三つ入っていた。


「でも」


「今日中に食べなきゃ駄目になる。売り物にもできないよ」


 タクミが卵を見る。


 ミアも卵を見る。


 目が合うと、ミアはすぐに顔をそらした。


「……いただきます」


◇ ◇ ◇


 街道脇の開けた場所で、タクミは火を起こした。


「町まで、もう少しだって」


「先に食べるの?」


「卵が割れる前にね」


「もう割れてる」


「これ以上、割れる前に」


 ミアは火のそばへ座った。


 タクミは昨日残しておいた根菜と、道端で摘んだ野草を洗う。


 根菜は薄く。


 野草は細かく。


 鍋に少しだけ獣脂を落とすと、熱でゆっくり溶けていった。


 卵を椀の縁へ当てる。


 細いひびへ指を入れると、黄色い中身が丸く落ちた。


 ミアが身を乗り出す。


「鳥になるやつ?」


「なる前のやつ」


 ミアは殻と卵を交互に見た。


「食べていいの?」


「食べるためにもらったからね」



 三つの卵へ、塩をひとつまみ。


 水を少し加え、木の箸で混ぜる。


 白身の筋がほどけ、黄色が一つになっていく。


 刻んだ根菜と野草も加えた。


 温まった鍋へ流し込む。


 じゅ、と柔らかな音がした。


 卵の甘い香りが、獣脂の匂いと一緒に立ち上る。


 ミアの顔が、鍋へ少し近づいた。


「熱いよ」


 少し離れた。


 縁から固まり始めた卵を、タクミは中央へ寄せる。


 何度か繰り返すと、表面だけがゆるく揺れた。


「まだ生」


「火から下ろしても、少し固まるよ」


 ミアは疑うように鍋を見た。


「料理のことは信じて」


「……そこだけ」



 ミアは、まだ揺れている卵を見つめた。


 タクミは鍋を傾け、形を整える。


 火の強さも、鍋の癖も分からない。


 それなのに、卵は焦げつかず、薄い焼き色まで均一についていた。


 固いはずの根菜にも、木のスプーンがすっと入る。


「……うまくいったな」


「失敗することもあるの?」


「焦がすことはあるよ」


 ミアがオムレツを見る。


「先に言って」


「食べる前に?」


「作る前」


「それだと、食べられないかも」


 ミアは少し考えた。


「じゃあ、言わなくていい」


 タクミはオムレツを二つに分けた。


 大きい方をミアの椀へ入れる。


「そっち、小さい」


「切ったら、そうなった」


「わざと?」


「たまたま」


「……嘘」


「そうかも」


 ミアは自分のオムレツを少し切り、タクミの椀へ移した。


 今度は、同じくらいになった。


 二人の椀から、湯気が上がる。



 ミアは上着から木製スプーンを取り出した。


 薄く焼けた表面が割れ、中の柔らかな卵がのぞく。


 息を吹きかけ、口へ運んだ。


 噛む。


「どう?」


「……まだ分からない」


 そう言いながら、三口目を食べる。


 野草の青い香りは柔らかく、根菜にはほのかな甘みが残っていた。


 卵はどこにも固いところがなく、舌の上でほどける。


 ミアのスプーンが止まらない。


「分かった?」


「まだ」


「そっか」


 半分ほどなくなったところで、ミアが顔を上げた。


「これ、何?」


「オムレツ」


「また作れる?」


「卵があれば」


「町にある?」


「たぶん」


「買える?」


「お金があれば」


 二人は黙った。


 風が、消えかけた火を揺らす。


「……働く?」


「そうしようか」


 ミアは残ったオムレツを見た。


 今度は急がず、小さく切って口へ運ぶ。


 食べ終えると、木製スプーンを丁寧に拭いた。


「大事なんだね」


「……うん」


 上着の内側へしまい、ミアは立ち上がる。


「町に着いたら、卵を探す」


「先に仕事かな」


「見るだけ」


「見るだけなら」


 ミアは街道へ戻った。


 さっきより、足取りは少し軽い。


 二人の姿が遠ざかる。


 ミアの歩幅は、昨日より少し広い。


 木々の向こうで、黒い外套が揺れた。


 外套の人物は、空になった鍋を見た。


「……護衛対象が増えている」



最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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