第26話 三通の依頼書
その朝。
皇帝の朝食が一段落した食卓に、三通の封書が並んでいた。
軍務府。帝都施療院。帝都市民局。
どれも、皇城厨房で始めた食事改善について、協力を求めるものだった。
「全部受ける」
シィルヴィアが言った。
リディは一通目を開いたまま、顔を上げる。
「陛下。料理人は増えておりません」
「増やす」
「今日中には増えません」
シィルヴィアは封書を見た。
それから、タクミを見る。
「何人必要?」
「まだ分かりません」
タクミは軍務府の報告書を手に取った。
国境警備隊の帰還後、残食が増えている。夜間訓練のある隊では、食後に吐き気や頭痛を訴える兵もいる。
帰還兵三百二十人。常駐兵百八十人。
食事を担う料理人は、三人。
五百人を、三人で。
施療院からは、魔力枯渇と高熱で食事を受け付けない患者への試験提供。
市民局からは、食料価格の上昇と共同食堂の残食について。
三つとも困っている。
けれど、同じ困り方ではなかった。
「どれから?」
ミアが椅子の隣から覗き込む。
タクミは軍務府の封書を開き直した。
「帰ってきた人たちは、今日も食べるから」
「施療院の患者も今日食べる」
オルガが静かに言う。
「はい」
タクミは指で三通を押さえた。
「だから、僕が全部へ行くんじゃなくて、先に何を見ればいいか決めたいです」
ガレスが腕を組む。
「軍は人数と残食。施療院は状態。市民局は値段と食材の流れだ」
「軍から始めます」
「理由は」
「人数が一番多くて、同じやり方を続けているからです。誰が、どんな時に残すのか分かれば、他でも使えるかもしれません」
シィルヴィアはすぐに頷かなかった。
「何日?」
「まず三日」
「長い」
「短いです」
リディが即座に返した。
シィルヴィアの前には、二枚の予定表が置かれていた。
一枚は皇帝の予定。もう一枚には、いつの間にか『タクミ』と書かれている。
「これは?」
タクミが尋ねる。
「管理」
「誰のですか」
「タクミの」
「厨房の予定はガレスさんが」
「皇帝の食事に関係する」
リディが予定表を裏返した。
「軍務府へ提出するのは、こちらではありません」
紙の裏には、小さく『朝食』『昼食』『夕食』と三つだけ書かれていた。
ガレスが咳払いをする。
「軍へ行くなら、うちから二人出す。お前一人で数百人を見るな」
「ルッツを連れていってもいいですか」
厨房の入口で豆を運んでいたルッツが止まった。
「なぜ俺だ」
「僕と違うところに気づくから」
「それ、褒めてないだろ」
「褒めてるよ」
ルッツはしばらくタクミを睨み、豆袋を置いた。
「なら、俺が先に変なところを見つける」
「お願い」
「礼は終わってから言え」
三通のうち、軍務府の封書だけが開かれたまま残った。
◇ ◇ ◇
昼食を終えると、タクミは軍務府へ向かう支度を始めた。包丁は持たない。代わりに、空の記録札と炭筆、水筒を鞄へ入れる。
「料理しに行くんじゃないの?」
ミアが首を傾げる。
「最初は、食べるところを見る」
「作らないの?」
「何を作ればいいか、まだ分からないから」
シィルヴィアは自分の予定表へ線を一本足した。
「視察」
「陛下の午後は謁見です」
リディが線を消す。
シィルヴィアはもう一度書いた。
「軍務府で謁見」
「場所を変えても予定は増えません」
タクミが笑うと、シィルヴィアは炭筆を置いた。
「夕食には戻る?」
「戻ります」
「何刻」
「終わったら」
「時刻ではありません」
リディの声が少し低くなる。
ガレスがタクミへ携帯用の固いパンを投げた。
「見る側が腹を空かせるな」
受け取ったパンには、薄く切れ目が入っていた。途中で分けて食べやすいように。
タクミはそれを鞄へ入れた。
三人で五百人を見るのではない。
五百人を見られる仕組みを、三人と一緒に探す。
軍の厨房へ向かう馬車の窓から、六本の煙突が見え始めた。
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