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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第2章 見習い料理人と、皇城の食卓

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第25話 新しい居場所



 百人分の料理を作った夜の震えは、もうない。


 指先には、包丁でついた細かな傷が残っている。


 必要だと言われたから残る。


 それなら、村を出た時とあまり変わらない気がした。


 ミアの木のスプーン。


 ガレスが出した椅子。


 厨房員たちの記録帳。


 自分のいない朝に作られた、少し香りの強いスープ。


 思い浮かんだのは、料理ではなく、それを囲んでいた人たちだった。


「料理を作りたいです」


 シィルヴィアの瞳が動く。


「ここで、みんなと」


 少しの沈黙のあと、彼女は言った。


「そう」


 それだけだった。


 けれど、目元が柔らかくなっていた。


「陛下のためにも作ります」


「毎日?」


「できる日は」


「毎日」


「休みの日もあるので」


「休みの日は、一緒に食べる」


 タクミは少し考えた。


「それなら、いいかもしれません」


 扉の外で、リディが額を押さえていた。


◇ ◇ ◇


 翌日、タクミは正式に皇城厨房所属の料理人となった。


 ガレスから渡されたのは、採用書と、使い込まれた厨房の鍵だった。


 採用書には、夜勤向け献立の担当、廃棄候補食材の再判定、医務室との共同記録が記されている。


 追放された『調理』が、皇城の正式な仕事になっていた。


 採用書を前に、シィルヴィアが眉を寄せる。


「専属ではないの?」


「まずは厨房所属です」


 リディが答える。


「タクミは私の料理を作る」


「陛下だけではありません」


「毎日は作る」


「食事予定は確保済みです」


 シィルヴィアはしばらく書類を見ていた。


 やがて署名する。


「夕食は空けて」


「公務のない日だけです」


「公務を減らす」


「減らしません」


 リディの返事は早かった。


 新しい調理着は、皆と同じ白だった。


 袖を通すと、前より少しだけ身体に合っている。


「何か違います?」


「同じだ」


 ガレスが答える。


 リディは襟の内側へ目を向けた。


 小さな銀糸の雪花が、一つだけ縫われている。


「見えないなら、作業の邪魔にはならない」


 背後からシィルヴィアが言う。


「最初から、そのつもりでしたか」


「改良した」


 ガレスは雪花を指で確かめる。


「引っかからない。今回は通す」


 シィルヴィアは小さく頷いた。


 厨房では、すでに竈へ火が入っていた。


 入口近くの棚には、麦穂の家へ運ぶ蓋付きの器が、次の分まで重ねてある。


 ガレスが肉を切り、ルッツが豆を洗っている。


 ミアは野菜籠を抱え、少しふらつきながら運んでいた。


「半分持つよ」


「自分で持てる」


「じゃあ、少しだけ」


 二人で籠を持つ。


 ルッツが空いた作業台を顎で示した。


「遅い」


「まだ開始前だよ」


「俺はもう豆を洗った」


「ありがとう」


「礼を言うな。仕事だ」


 言いながら、ルッツは少し笑っていた。


 入口では、シィルヴィアが立ち止まっている。


 リディが食堂へ戻そうとしていた。


「おはよう、タクミ」


「おはようございます、シィルヴィア陛下」


 それでもシィルヴィアは、以前より少し柔らかく目を細めた。



 タクミは皆のいる厨房で、包丁を取った。


「今日は何を作る」


 ガレスが尋ねる。


「夜勤の人には豆のスープ。通常勤務の人には肉を少し増やします」


「理由は」


「昨日の記録で、夜勤明けの人が脂を残していたので」


「やれ」


 包丁を入れる。


 根菜の断面から、甘い匂いが立った。


 作業台の端には、三通の封書が置かれている。


 軍。


 施療院。魔力枯渇で食事を受け付けない患者への試験提供。


 帝都市民局。


 どれも、皇城で始まった食事改善について尋ねるものだった。


 タクミは封書を見たあと、目の前の鍋へ向き直った。


 まずは、今日ここで食べる人のために。


 白い調理着の袖をまくり、皆と同じ朝を始めた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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