第24話 一か月の答え
評価会議の机に、料理は置かれていなかった。
あるのは、角の汚れた記録帳と、薄くなった廃棄記録。麦穂の家から返された、子どもたちの食事記録だった。
タクミは長い机の端へ座っている。
向かいには財務官、エレナ、オルガ、ガレス。シィルヴィアとリディも席についていた。
ガレスが最初に話す。
「残食は減った。特に夜勤明けと子ども向けだ」
財務官が続ける。
「食材費は劇的には下がっていません。ただ、何が無駄になっていたかは分かるようになりました」
廃棄予定食材を使った分だけ、作業と記録は増えている。
「運搬と記録には新しい費用が必要です。しかし、孤児院への週二回の提供なら、既存の薪運搬と合わせて継続できます」
エレナが紙を一枚出す。
「夜勤兵の睡眠、使用人の食欲、冷えや身体の重さに、明確な改善が確認されました」
「怪我や病気が治った例は?」
官吏の一人が尋ねる。
「ありません」
エレナははっきり答えた。
「万能な治療ではありません。治療できる範囲を広げるものでもない。食事と休息による本来の回復を、少し後押ししているだけです」
オルガが測定記録へ触れる。
「疲労が軽くなる傾向、ではない」
測定記録を一枚ずつ重ねる。
「タクミが作った料理には、食事と休息による回復を早める作用がある。筋力も魔力量も増えていない。怪我や病気も治していない」
最後に、一枚だけ別の紙を残した。
食後も魔力量は変わっていない。だが、乱れていた波形が、平常時のものへ近づいている。
「これは一例だけだ」
オルガは紙を伏せた。
「既知の『調理』では説明できない。次に調べる」
「研究のために、食事を変えるのですか」
「違う。食べる者に合わせた結果を観察する」
オルガの答えに、ガレスがわずかに頷いた。
リディは孤児院の記録を置く。
「麦穂の家では、食数と体調を管理人側が記録しています。受け取るだけの支援ではありません」
「最大の成果は、別にあります」
財務官が記録帳の途中を開く。
タクミが倒れた日。
料理を作っていない日だ。
「この日も厨房は動きました。残食も大きく増えていない。孤児院への提供も予定どおり行われています」
タクミは頁を見る。
ルッツが作ったスープ。
ミアが数えた器。
ガレスがまとめた手順。
マルタから返された記録。
「一人の奇跡ではなく、運用として成立し始めています」
最初に継続性を疑った財務官が、そう言った。
タクミが倒れた日は、失敗だと思っていた。
けれど、その日があったから、自分だけでなくても続くことが分かった。
ガレスが立ち上がる。
「厨房へ必要なのは、奇跡を起こす奴じゃない」
使い込まれた記録帳へ、太い指を置く。
「明日も食えるものを作る奴だ」
「料理長として、正式採用を推薦する」
シィルヴィアがすぐに口を開く。
「採用する」
「陛下」
リディが止める。
「本人へ先にお聞きください」
「残るに決まっている」
「決めるのはタクミです」
シィルヴィアは黙った。
会議の視線がタクミへ集まる。
必要だと言われることは、嬉しい。
けれど、必要だから残るのなら、村にいた頃と同じなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
会議が終わったあと、シィルヴィアはタクミを小さな食堂へ呼んだ。
二人だけだった。
窓の外は、夕方の淡い光に包まれている。
卓には、温かい茶が二つ置かれていた。
シィルヴィアはすぐには話さなかった。
「残りたい?」
短い問いだった。
タクミは答える前に、自分の手を見た。
料理を作れなかった朝にも、ここにいていいと言われた手。
その答えを、今度は自分で選ばなければならなかった。
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