第23話 最後の一週間
復帰したタクミが鍋へ手を伸ばすより先に、ルッツが持ち上げた。
「これは俺の担当だ」
「あ、はい」
タクミの手が宙に残る。
以前なら、火加減を確かめたくなった。
今も気にはなる。
けれど、その手を下ろした。
「何かあったら呼んで」
「その時は呼ぶ」
ルッツは少し得意そうに笑った。
最後の一週間は、料理を増やすためではなく、続ける形を決めるために使われた。
孤児院への提供は週二回。
運搬役は、薪運びの帰りに兼ねる。
容器は蓋の固定できるものへ替える。
麦穂の家では、マルタが人数、体調、残食を記録し、ノアが空の器をまとめる。
夜勤用、通常勤務用、子ども用で量と塩味を変える。
以前は廃棄籠へ落ちていた端肉が、今は煮込み用の盆へ先に分けられていた。まかないの鐘が鳴る前から、下働きが空の椀を並べている。
「毎日じゃなくていいの?」
ミアが尋ねる。
「毎日やって途中で終わるより、週二回を続ける方がいいと思う」
ミアは少し考えた。
「終わらない方がいい」
「うん」
「じゃあ、二回でいい」
マルタから届いた記録には、以前食べられなかった少年が、冷ました煮込みを半分食べたとある。
ノアの欄には、持ち帰り分を年下へ渡したあと、自分の夕食も食べたと書かれていた。
一口、三口、半分。
記録の数字は、頁を追うごとに増えていた。
◇ ◇ ◇
オルガは記録をまとめた紙を広げた。隣にはエレナがいる。
「タクミが直接作った料理では、疲労から戻るまでの時間が短い傾向が続いている」
「やっぱりスキルですか」
「作用している可能性は高い。だが、最終評価までは断定しない」
オルガは記録を指で押さえた。
「健康な者にはほとんど変化がない。疲れている者ほど差が大きい。食べる者へ合わせた皿ほど、結果も強く出ている」
「しかし、周囲が作った料理でも残食と体調は改善している」
エレナが別の記録を示す。
「怪我や病気が治った例はありません。食事、水分、休息が整ったことで、本人の回復が働きやすくなったと考えるべきです」
「料理で治しているわけじゃない」
「はい。ですが、食べられなければ治療も休息も続きません」
「技術で変わる部分と、タクミにしか出せない部分がある」
オルガは紙を閉じた。
「一人のスキルだけを、制度の中心に置くべきではない」
新しい勤務表が貼り出される。
タクミの欄には、休憩時間が二つ入っていた。
「多くないですか?」
「少なくして倒れた者が言うな」
ガレスが答える。
隣には、皇帝の食事予定が書き込まれていた。
時間は、タクミの休憩と完全に重なっている。
「偶然ではありませんな」
ガレスがシィルヴィアを見る。
「効率的」
「何の効率でしょう」
リディがため息をつく。
「休憩中なら、タクミは仕事ではない」
「つまり、陛下の食事は休憩ですか」
「私も休む」
「ようやく正しい使い方になりました」
タクミは予定表を見た。
自分が休む時間に、シィルヴィアも食べる。
悪くないと思った。
◇ ◇ ◇
最終評価の前日。
財務官が厨房へ来た。
「明日は、タクミ殿の一皿を評価するのではありません」
「では、何を?」
「あなたが加わったことで、この厨房の一日がどう変わったかを見ます」
タクミは周囲を見た。
鍋を見ているルッツ。
皿を数える厨房員。
食べる者の勤務表を確認する者。
ガレスの指示を待たず、子ども用の蓋を確かめるミア。
最終評価は、自分一人の料理ではなかった。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




