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氷血の皇帝は俺の料理を手放せない ~追放された料理人ですが、幼い日に救った少女が皇帝になっていて離してくれません~   作者: ジモンヌ
第2章 見習い料理人と、皇城の食卓

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第21話 初めての指名

 タクミの作業台だけが空いていた。


 けれど、厨房は止まっていない。


 配膳係が、一枚の伝票を作業台へ置いた。


 昨夜のスープを、今日も。


 末尾には、料理人の名が書かれている。


 タクミ。


 ルッツの目が一度、空の作業台へ向いた。


「本人は休みだ」


 ガレスが言う。


「だから今日は、俺たちの鍋を出す」


「夜勤は少なめ。通常勤務はいつも通り。子ども用は塩を控えろ」


 ガレスの声が飛ぶ。


 ルッツが皿を並べ、別の者が根菜を刻む。


「こっちの鍋、豆が多い」


「夜勤向けだ。肉を減らしている」


「分かった」


 誰も、タクミのやり方をそのまま真似してはいない。


 食べる者を見て、それぞれが調整している。


 ルッツは鍋の表面を見た。昨日までなら、タクミの感覚を思い出そうとしただろう。


 今日は、昨夜の門番が脂の多い肉を残したことを思い出す。


「こっちは、脂を少し減らす」


「理由は」


 ガレスが尋ねる。


「夜勤明けが残したからです。香りは燻製肉で足します」


「やれ」


 短い言葉だった。


 ルッツは一度だけ笑い、自分の鍋へ戻った。


 ミアは野菜籠を運びながら、ノアの持ち帰り分へ目を向けた。


「二つ増やしていい?」


「今日は人数が増えていない」


 ガレスが答える。


 ミアは少し考え、頷いた。


「じゃあ、そのまま」


 以前なら、持って帰れるだけ持たせようとしたかもしれない。


 今は、続けるための量を考えている。


 食堂では、エレナとオルガが夜勤兵の記録を取っていた。


 一人の男は今にも眠りそうだ。


 オルガが測定器を向ける。


 エレナが、その手を止めた。


「先に休ませます」


「測定条件が変わる」


「今測れば、休息を邪魔した結果になります」


 オルガは男の顔を見た。


 目の下の影。椅子へ預けた肩。何度も閉じかける瞼。


「……先に休め」


 自分で言ってから、少し驚いたように瞬きをした。


「測らなくていいのか」


 男が尋ねる。


「起きてからでいい」


 完成したスープは、タクミの味と同じではなかった。


 香りは強く、豆は少し形を残している。根菜の甘みより燻製肉の匂いが先に立つ。


 それでも温かかった。


 食堂から戻ってきた二十枚の皿で、肉が残っていたのは三枚だけだった。


「タクミの料理とは、違いますね」


 ルッツが不安そうに言う。


「違う」


 ガレスは空になった鍋を見た。


「だが、あいつがいなければ、夜勤の皿へこの鍋を出そうとは考えなかった」


 鍋底を木べらで一度なぞる。


「食べる奴に届いたなら、それでいい」


 麦穂の家からも、短い報告が届いた。


 熱いものを怖がる少年は、冷ました煮込みを三口食べた。


 ノアは自分の皿を空にした。


 マルタの文字で、次回の人数と必要量が記されている。


 厨房は、タクミがいないまま一日を終えた。


◇ ◇ ◇


 シィルヴィアは、そのスープを一杯よそった。


 自分の分ではない。


 タクミの部屋へ運ぶ。


「兵舎から、あなたのスープをもう一度と依頼があった」


 タクミの指が止まる。


「でも、今日は僕がいないです」


「だから、皆が作った」


 タクミは寝台で身体を起こし、椀を受け取った。


 一口食べる。


 少し香りが強い。豆の食感も、自分のものとは違う。


 けれど、夜勤明けでも食べやすいよう脂が抑えられている。


「おいしいです」


 言葉にすると、胸の奥にあった不安が少しほどけた。


 自分がいなくても、朝食はできた。


 孤児院にも料理が届いた。


 誰かが困ることもなかった。


 少し寂しくて、それ以上に嬉しかった。


 シィルヴィアは椀を見てから、タクミを見る。


「今度は、あなたが食べる番」


 タクミはもう一口、皆が作ったスープを食べた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


今日の一皿はいかがでしたでしょうか。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。


また次の一皿で、お会いしましょう。

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