第19話 残された一皿
皿が一枚だけ残っていた。
料理は盛られている。
けれど、一口も減っていない。
「これ、タクミの?」
ミアが尋ねる。
タクミは背を向けたまま、鍋を洗っていた。
「あとで食べるよ」
「冷たい」
「温め直すから」
それからも、タクミは鍋を洗い続けた。
水へ浸かった手は赤くなり、指先の震えは続いていた。
リディがタクミの横へ立った。
「休め」
「明日の仕込みだけ終わらせます」
「終わらせなくていい」
「でも朝が早いので」
タクミが根菜へ手を伸ばす。
その手首を、別の手がつかんだ。
シィルヴィアだった。
「冷たい」
「水を使ってたからです」
「震えている」
「少し疲れただけで」
笑おうとする。
シィルヴィアの指が、わずかに強くなる。
床の端へ薄い霜が浮いた。
「陛下」
リディが呼ぶ。
シィルヴィアは霜を見て、視線を落とした。
つかんだ手首を離さないまま、薄い霜を靴先で踏み消した。
「寒いですか?」
タクミが竈を見る。
「火、強くします?」
「今はいい」
シィルヴィアの声が、少しだけ弱かった。
ガレスが根菜をタクミの手から取り上げる。
「明日の仕込みより、お前が明日立てる方が先だ」
「でも」
「厨房から出ろ」
料理長の声だった。
「僕のせいで朝食が遅れたら」
「お前一人で作っていると思うな」
ガレスは低く言った。
「食わせる側が先に倒れたら、明日の飯は誰が作る」
返す言葉がなかった。
◇ ◇ ◇
タクミは部屋へ戻された。
寝台へ座ると、身体の重さが急に増した。指を開こうとしても、うまく力が入らない。
しばらくして、ミアがパンと温かいミルクを持ってくる。
「食べる」
「命令?」
「お願い」
タクミはパンを半分だけ食べた。
「全部」
「ミアも食べる?」
「今はタクミ」
いつか自分が言った言葉を返され、タクミは残りも口へ入れた。
パンは少し固い。ミルクへ浸すと、ゆっくり柔らかくなった。
「おいしい?」
「うん」
「作ってないのに?」
「作った人がいるから」
ミアはそれを聞き、少しだけ安心した顔をした。
扉の外では、シィルヴィアが立ったまま動かなかった。
「入られないのですか」
リディが尋ねる。
「食べ終わるまで待つ」
「なぜです」
「私がいると、話す」
「陛下へ説明しようとする、という意味ですか」
「そう」
シィルヴィアは扉へ手を触れたが、開けなかった。
その夜、タクミは早く眠った。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




