第17話 変わる厨房
試用が始まって、二週間。
廃棄籠の底が見えていた。
最初の頃は、二人でなければ運べなかった籠だ。今はルッツが一人で持ち上げている。
「軽い」
驚いたように言い、もう一度持ち直した。
廃棄籠へ端肉を落としかけた下働きが、手を止める。
「これ、今日も使いますよね」
返事を待たず、タクミの作業台の脇へ置いた。
タクミは記録帳を開く。
残ったパン。傷みかけの野菜。切り落とした肉。食べ残された皿。
すべてが急に消えたわけではない。
ただ、少しずつ減っている。
「夜勤明けには量を少なくする」
ガレスが厨房員たちへ言う。
「根菜の端は煮込みへ。パンは固さで使い分けろ。食べる人数だけでなく、誰が食べるかを見ろ」
ガレスは筋の多い肩肉を一塊、タクミの作業台へ置いた。
「捨てるかどうかは、お前も見ろ」
「僕が?」
「使えると言ったなら、食わせるところまで責任を持て」
タクミは肩肉へ手を置いた。
「子ども用は?」
ルッツが尋ねる。
「塩を控える。小さく切る。冷める時間も考えろ」
「タクミが作るんじゃないんですか」
「毎回こいつに作らせるなら、試験の意味がない」
ガレスはルッツへ豆の入った袋を渡した。
「次の孤児院分は、お前が煮ろ」
「俺が?」
「嫌なら戻せ」
ルッツは袋を抱え込んだ。
「やります」
タクミが横から鍋を覗こうとすると、ルッツが肩で押し返す。
「見るな」
「手伝わなくていい?」
「困ったら聞く」
「分かった」
タクミが離れると、ルッツは少しだけ不安そうに鍋を見た。
それでも、自分で火を弱めた。
タクミが作らない日も、残食は減り始めていた。
夜勤詰所からは、眠る前の浅い皿を定番にしてほしいと申し出が届いた。
残り物から始まった料理が、皇城の献立へ残ろうとしている。
午後、財務官が記録を見ながら眉を寄せる。
「食材費そのものは、大きく下がっていません」
「はい」
「人手は増えています。記録にも時間がかかる。孤児院への運搬費も必要です」
責める声ではなかった。
「続けるなら、誰か一人の勘に頼るわけにはいきません」
「そうですね」
タクミが頷くと、財務官は少し意外そうに見た。
「反論しないのですか」
「続かなかったら、減った意味がないので」
ガレスが口元だけで笑った。
「坊主のくせに、そこは分かっている」
「もう厨房の服を着てます」
「採用はまだだ」
「そうでした」
財務官が咳払いで笑いを隠した。
タクミは記録帳へ、新しい欄を増やした。
誰が作ったか。
何分かかったか。
どの仕事が増えたか。
料理がおいしくても、誰かが無理をしていれば続かない。
その日の夕方、ルッツの煮込みが出来上がった。
香りはタクミのものより強く、豆は少し形を残している。
「味見していい?」
「今さら断るなよ」
タクミは一口食べた。
「おいしい」
「同じじゃないだろ」
「うん」
ルッツの眉が寄る。
「でも、冷めた時はこっちの方が豆の味が残るかも」
「……本当か?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「孤児院で聞いてみよう」
ルッツは鍋を見た。
同じ味にする必要はない。
食べる人へ届けばいい。
その言葉を、まだ自分のものにはできていない。けれど鍋の火は、タクミに尋ねず調整できた。
翌日の献立を相談していると、遠くで鐘が鳴った。
一度。
二度。
厨房の扉が開き、兵士が息を切らして入ってくる。
「国境警備隊が帰還します。寒波で予定が早まりました」
「人数は」
ガレスが尋ねる。
「百人。夕食まで二刻です」
ルッツが持っていた木べらを落としかける。
ガレスはすでに食材庫へ向かっていた。
「全員、手を止めろ。献立を変える」
厨房の空気が、一斉に変わった。
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また次の一皿で、お会いしましょう。




