第141話 止める人の席
異変から十六日目。帝都へ帰った翌日、タクミは明日の治療に備えた予行練習へ来ていた。
会議室の中央には、寝台に見立てた卓がある。そのすぐ脇の椅子を引こうとすると、治療班の責任者に止められた。
「そこは、固定の解除を止める担当者の席です」
タクミは手を離し、壁際の椅子へ座った。卓のそばは、すべて担当者の席で埋まっている。
エレナが、シィルヴィアの胸の傷を描いた図を広げた。
「先に魔力を受け石へ逃がし、陛下への接続を切り離します。それを確かめてから、身体の固定を少しずつ解きます」
「解いたところから、私たちが治療します」
セレスティアが傷の周りを指した。固定が解ければ、出血も再開する。解く人と治療する人が、同じ場所を見ながら進めるのだという。
タクミは図を覗き込んだ。森から持ち帰った記録の隣に、彼女の身体を実際に診た結果が並んでいた。
次に、卓へ透明な管の模型が置かれた。血液に見立てた色水で、解除と治療の手順を練習する。
一人が模型の固定を解き始めると、部屋の端から声が上がった。
「中止してください」
近くの者が復唱し、卓の脇の担当者が合図を出す。解除する手が止まった。管を支える者と、流れを見ている者は、手を離さなかった。
タクミは、自分が引こうとした椅子を見た。
「異常に気づいた人は、誰でも中止を告げてください。解除を止めても、身体を支える処置と治療は続けます」
責任者の言葉に、担当者たちが頷いた。
オルガが、受け石の準備も確かめていく。交換する石と放流先は、治療を始める前に用意するという。
「それでも、受けきれなくなったら?」
「次の解除へ進まない」
オルガは答えた。
「彼女へ、魔力を戻すことはないんですね」
「戻さない」
エレナから作業表が回ってきた。治療室の担当者だけでなく、受け石の交換や放流路の見張りにも、人の名が並んでいる。
タクミは、自分の名前を探した。治療をする人の欄にはない。
休憩時の食事。それから、本人が目を覚まし、飲み込めることを確かめた後の食事相談。
指先が、少し冷えた。
「最初は、部屋の外ですか」
責任者は頷いた。
「隣室で待っていてください。必要になれば、すぐに呼びます」
「端で、見ているだけでも」
タクミは卓の反対側を指した。
「そこも、担当者が使います」
「僕が呼ばれて行くまでに、彼女に何かあったら」
声が大きくなった。作業表をめくっていた手が、いくつか止まる。
戻ってきたのに、また扉の外にいる。
エレナが隣室の図を出した。治療室と厨房の間に待機する場所があり、知らせに来る担当者の名も書かれていた。
「ここで待てます。厨房へ動く時も、私たちに知らせてください。どこにいても、すぐに知らせが届くようにします」
彼女が自分を庇った時も、すぐそばにいた。
それでも傷を防げず、その後も、目を覚まさせることはできなかった。
タクミは作業表の端を握り込んでいた。
ここで彼女の隣の席を取っても、自分に治療ができるわけではない。
「……呼んでください」
紙から指を離し、両手を膝へ戻した。
「食事の途中でも、すぐに」
「祭壇で、料理を食べてもらった時の記録もあります」
エレナが別の紙を出した。
「ご本人の反応を確かめる時には、あなたの力が必要になるかもしれません。ただし、口から食べられることを、先に私たちが確認します」
タクミは、食事相談の欄へ指を置いた。
今、彼女へ渡せる料理は、まだなかった。
「食べられるところまで、お願いします」
エレナが頷く。
「そこからは、一緒に見てください」
「分かりました。皆さんが休憩で食べられるよう、僕も準備します」
◇ ◇ ◇
会議室を出ると、庭師が小さな箱を抱えて通った。オルガが預けた、三粒の種の箱だった。
一粒をほかの植物と分けた苗床で育て、残りは比較と保管に回すという。タクミは箱を見送り、手元の食事の予定表を折り直した。
それでも、足は厨房へ向かなかった。廊下の先には、シィルヴィアの部屋がある。
リディは先を促さず、隣に立っていた。
「明日、危険があれば解除は止める。目を覚ますところまで、進めなくても」
タクミは予定表へ目を落とした。
「……早く、声が聞きたいです」
「ああ」
リディも、彼女の部屋の方を見た。
「また、食事のことで呼びつけられたいものだな」
タクミは顔を上げた。リディは廊下の先を見たまま、口元だけをわずかに緩めた。
彼女も、待っている。命令でも、短いひと言でも、あの声が戻るのを。
「途中で止まったら、もう少しだけって、言ってしまうかもしれません」
リディはすぐには答えなかった。タクミへ向き直り、静かに頷く。
「その時は、聞く。だが、危なければ止める」
止められた時、自分が何を言うかは分からない。それでも、明日の彼女を危険にさらしたくはなかった。
「……止めてください。それでも」
「ああ」
リディの返事を聞いてから、タクミは予定表を懐へしまった。
「明日の食事、作ってきます」
リディが頷いた。今度はタクミも、厨房へ続く廊下を歩き出した。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今日の一皿はいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。
また次の一皿で、お会いしましょう。




