第140話 まだ眠る人のいる都
帝都の北門で、荷袋より先に石の箱が下ろされた。
待っていた兵士が送り状を確かめ、別の荷車へ載せる。
「こちらは第三作業所へ。人は城へ案内します」
異変から十五日目の昼だった。
門の脇には、まだ仮設の寝台が並んでいる。人の数は減っていたが、囲いは外されていない。
帰ってきた都は、元通りではなかった。
石畳の割れ目に板が渡され、店先の看板には営業時間の変更が貼られている。開いている店の前では、人が並び、順番が来れば中へ入っていく。
止まったままでも、なかった。
城の入口で、ミアが走りかけた。
途中で止まり、後ろのイレーネを見上げる。頷いてもらってから、残りを駆けた。
「おかえり」
タクミは荷袋を下ろした。
「戻りました」
ミアは腕ではなく、上着の端を掴んだ。
「食べた?」
「朝は。ミアは?」
「食べた。お昼もある」
その報告が、思ったより胸にきた。
厨房では、ガレスがいつもと同じ場所に立っていた。
ルッツが盆を出し、タクミの分のパンを置く。
豪華な食卓ではないが、帰ってきた三人の席が用意されていた。
「荷は後だ。まず座れ」
タクミは座った。
具の多い煮込みにパンを浸し、口へ運ぶ。肉の繊維がほどけ、香草の匂いが鼻へ抜ける。
「美味しいです」
「知ってる」
言われて、タクミはもう一口食べた。
旅の間に作った汁とは、少し違う。肉が多いだけではない。根菜の角が崩れる寸前で残り、噛むと煮汁より甘かった。
「今日は、これなんですね」
「お前らが着く頃に柔らかくなるようにした」
ガレスは鍋へ目を戻した。
帰る時刻を知らせた紙は、ちゃんと厨房まで届いていた。
タクミは顔を上げるのをやめ、熱いうちに食べた。
ガレスは空になりかけたリディの椀へ、先に足した。
食後、資料はオルガが会議室へ運んだ。
◇◇◇
タクミは手を洗い、着替えてから、シィルヴィアの部屋へ向かった。
扉の前の兵士が道を開ける。
窓の位置も、寝台も、出発した時と同じだった。
彼女は、まだ動かなかった。
帰れば、何かが変わっていてほしかったのかもしれない。
タクミは寝台の脇へ座り、自分の膝を見た。
「遅くなりました」
返事はない。
「シラスさんが、甘いものを選んだ日がありました。森では、茸の焼き方を教わりました」
持ち帰った話を、短く置いていく。森の食卓で、リディが端の欠けた平焼きを取った話もした。
窓辺には、新しい枝が挿してあった。出発前の枝ではない。水も替えられている。
「みんな、ここにいたんですね」
誰へ言うともなく呟く。
彼女の時間が止まっている間も、この部屋を誰かが訪れた。世話をして、話をして、仕事へ戻った。
足元の荷袋から、小さなフライパンの柄が覗いていた。タクミはそこへ手を添え、寝台へ顔を向けた。
「固定を解く手順を、持って帰りました。これから、治療班の皆さんと確かめます」
机には、出発前に残した紙があった。
『必ず戻ります』
戻る約束は、守れた。
今度は、約束した卵料理を彼女に食べてもらいたい。最初の二枚は、その時に焼く。
扉の外で、控えめな声がした。
「治療班が揃いました」
タクミは椅子から立った。
「行ってきます。今度は、この城の中です」
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また次の一皿で、お会いしましょう。




