第14話 届ける料理
孤児院へ続く石畳の途中で、リディが荷車を止めた。
「湯気が漏れています」
鍋の蓋の隙間から、白い筋が細く伸びている。
タクミが布を重ね直した。鍋は熱いが、北風にさらされた布の外側はすでに冷たい。
「着く頃には冷めますか」
「この風なら、かなり」
「向こうで作った方が早いかな」
「今日は可能です。毎回は?」
タクミは答えられなかった。
皇城の仕事をしながら、毎日ここへ来ることはできない。運ぶ人も、荷車も、薪も必要になる。
隣でミアが鍋を見つめている。
「冷めても、おいしい?」
「そうなるように作ったつもり」
「つもり」
「食べてみないと分からないから」
ミアは真剣に頷いた。
◇ ◇ ◇
帝都南区の孤児院「麦穂の家」は、古い礼拝堂を使った建物だった。壁は何度も塗り直され、窓枠には継ぎ木がある。それでも入口は掃き清められていた。
子どもたちが、年長の少年の周りへ集まる。
「今日は肉があるぞ」
ノアが言うと、小さな歓声が上がった。
彼は十二歳。
痩せた腕で薪籠を抱え、初めて会ったタクミたちを、子どもより先に観察していた。
管理人のマルタは深く頭を下げたあと、運び込まれた鍋を見た。
「ありがたいお話です。ただ……」
「何か困りますか」
「明日もあるとは、子どもたちに言えません」
彼女は皇城の紋章が入った許可書へ視線を落とす。
「偉い方の思いつきは、始まるのも終わるのも突然ですから」
リディの表情がわずかに固くなる。
タクミは首を振った。
「一か月の試験です。終わるかもしれません」
マルタが顔を上げる。
「だから、終わらない形を探しに来ました」
「終わらない形?」
「毎日が無理なら週に何回か。冷めるなら運び方を変える。ここで作れる人がいるなら、作り方も一緒に考えたいです」
「約束できますか」
「まだ、できません」
タクミが答えると、マルタはしばらく黙った。
「できないことを、できると言わないのですね」
「途中で変わる方が、困ると思うので」
彼女はすぐには笑わなかった。
けれど、子どもの人数と年齢を書いた紙を持ってきた。
「今日は二十三人です。小さい子が七人。熱いものが苦手な子が一人います」
その日の料理は、豆と挽肉の煮込みだった。
挽肉にしたのは、筋と脂が不ぞろいで主膳には使いにくい端肉だ。
大きいまま煮れば硬さが残り、冷めれば脂が舌へ残る。
冷めても脂が固まりすぎないよう、肉は細かくする。パンは煮込みへ浸しても崩れきらない厚さに切った。
香りは強くないが、蓋を開けると豆と肉の温かな匂いが礼拝堂へ広がった。
ミアはタクミの袖をつかまなかった。
ノアと並んで器を置き、小さい子には少なめによそう。
「こっちはもっと食べる」
「先に少なく。足りなかったら足す」
ミアが言う。
ノアは一瞬目を丸くしてから、笑った。
「分かった、先輩」
「先輩じゃない」
「じゃあ、配膳長」
「違う」
子どもたちが食べ始める。
匙が器に当たる音が、礼拝堂へ広がった。
「肉だ」
「豆もある」
「おかわり、していい?」
「食べてからね」
ノアが鍋を傾けた。
「もう、これだけ」
底に残っていたのは、あと二杯分だった。
リディが鍋底の一匙を確かめる。皇城を出て一刻以上。冷めているのに、端肉の脂は白く固まらず、豆の皮も口へ残らなかった。
「一刻運んで、この状態ですか」
オルガは運搬時間を記録した。
ミアは自分の器を受け取り、最初の一口を食べてから他の子を見た。
ノアは、自分のパンを布袋へ入れようとしていた。
タクミは持ち帰り用の小さな包みを一つ、作業台へ置いた。
「それは?」
「夜、足りなくなった時の分」
「俺はいらない」
「誰の分でもいいよ」
ノアは布袋の口を握った。
やがて、自分のパンを皿へ戻した。
けれど、一番端の席だけは静かだった。
小さな男の子が、両手を椅子の下へ隠している。
目の前の皿から、まだ湯気が立っていた。
湯気が揺れるたび、少年の肩が小さく跳ねた。
タクミは、その子の前で足を止めた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今日の一皿はいかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価、感想で応援していただけると、とても励みになります。
また次の一皿で、お会いしましょう。




