第13話 同じにならない味
「一粒も変えるな」
ガレスの声で、ルッツが豆を量り直した。
昨日と同じ鶏肉。同じ根菜。同じ鍋。同じ薪。
材料は二組に分けられた。
ガレスとタクミが、それぞれの鍋へ向かう。
エレナは食べる門番の勤務時間と睡眠をそろえ、オルガは計測器を並べた。
「料理を食べるだけなのに、大変ですね」
「大変だから、簡単に奇跡と呼ばずに済む」
オルガは短く答えた。
ガレスが包丁を取る。
音が一定だった。鶏肉の大きさはそろい、根菜は薄さまでほとんど変わらない。鍋から立つ香りは、昨日タクミが作ったものより豊かだった。
「いい匂い」
ミアが鼻を動かす。
「ガレスさんの方が香りはいいです」
タクミが言うと、ガレスの手が一瞬止まった。
「今、それを言うのか」
「本当にそうなので」
ルッツが吹き出しかけ、ガレスに見られて口を閉じた。
出来上がった二つのスープは、昨日と同じ勤務の門番たちへ分けて出された。
「うまい」
最初の一口で声が出た。
味だけなら、ガレスの料理を好む者もいた。鶏の香りは濃く、塩の輪郭もはっきりしている。
ただ、食べ進めるうち、一人が肉を口の中で長く噛んだ。根菜の中心にも、わずかな硬さが残っていた。
味見を終えた若い料理人が、タクミの鍋へもう一度匙を入れる。古参の一人は何も言わず、肉の断面を指で押した。
◇ ◇ ◇
翌朝の記録には、差が残った。
ガレスのスープを食べた者も、よく眠れている。味と香りでは、タクミのものより好まれた。
それでも、最初の鐘で目を覚ました男は、タクミのスープを食べた日だけだった。昼まで動かしにくかった指のこわばりが消えたのも、その日だけだ。
「料理としては再現できています」
エレナが記録を重ねる。
「ですが、食後の変化までは同じではありません」
「手順の差だけではない」
オルガが計測器を閉じた。
「タクミが作った時だけ、食べた者の状態に合う。そう考える方が自然だ」
ガレスはタクミへ向き直った。
「火力は同じだ。お前は、いつ肉を入れた」
「鍋が落ち着いてからです」
「何を見て、落ち着いたと判断した」
「音と……鍋が少し軽くなった感じです」
「鍋の重さは変わらん」
「そうなんですけど」
「肉は?」
「まだ嫌がっていたので、少し待ちました」
厨房員たちが黙る。
包丁の音まで止まっていた。昨日までタクミを皇帝の客人として見ていた者も、今は鍋の火と、その手元を見ている。
ガレスは額を押さえた。
「肉に意思を持たせるな」
「意思ではないです」
「では何だ」
「縮みたくない感じです」
「悪化したな」
ルッツが小さく笑った。
「俺にも分からない」
「僕も、言葉にするのは難しいです」
「じゃあ、どうやって覚えろっていうんだよ」
タクミは昨日の鍋を思い出す。音、湯気、肉の表面。どれか一つではない。
「一緒に見ますか?」
「……見て分かるならな」
「分からなかったら、別の言い方を考えます」
ガレスは二人を見た。
「次は、お前が俺から香りを教われ」
「はい」
「その代わり、俺はお前の分からん言葉を聞く」
ガレスは鍋の蓋を閉じた。
「いいな、タクミ」
名前で呼ばれたことに気づき、タクミは少し遅れて頷いた。
「はい」
ガレスは厨房員たちへ向き直る。
「明日から、煮込みの火入れはタクミにも確認させろ」
若い料理人が、まっすぐタクミを見た。
ルッツが横を向く。
「俺も聞く」
「うん」
「肉が嫌がる以外の言葉にしろよ」
「考えます」
若い料理人が自分の鍋へ肉を入れかけ、手を止めた。
タクミの鍋の音を、一度だけ聞く。
その時、厨房の入口からリディが封書を差し出した。
「孤児院への試験提供が許可されました」
タクミが受け取る。
許可書には、衛生条件、運搬方法、提供回数が細かく書かれている。
末尾には、小さな文字が添えられていた。
継続を保証するものではない。
ガレスはその一文を読み、紙を返した。
「一度うまく作るより、難しいぞ」
「はい」
「明日も届く形にしろ」
タクミは許可書を畳んだ。
料理を作る前から、次の一杯が続くかどうかを考える仕事が始まっていた。
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